犯罪被害者遺族の癒しを考える。
居心地があまりによくてほんとにお世話になっている白石ゼミの後輩が中心となって動いている犯罪被害者の講演会およびメッセージ展に行ってきました。
講演会の方は二週にわたって、先々週は桶川ストーカー殺人の遺族の母、あと東名で飲酒トラック追突事故で愛娘を二人一度に失った両親、そして先週は埼玉で集団リンチで殺された遺族の母、そして栃木で同じく集団リンチで殺害された遺族の父です。私の涙腺がもともと弱いこともあるんですが、正直涙なくしては聞けなかった。メッセ展も全部見切れずに二日かかって見て回りましたが、とくに親が子を思うメッセージは胸をぐっとつかまれるものが多かった。・・これを「気持ちが痛いほどわかる」と言ってよいのかな。
突然、しかも理不尽に肉親を奪われた遺族の話を聞くと、被害者への権利や法整備など「硬く守るべきもの」が本当に不十分で、かつ「柔らかく守るべきもの」である世論やそれを方向付けるマスコミ報道自身にもまだまだ配慮が足りない現状を痛感しました。とくに「警察への不信」はどの場合も共通していて、被害者感情への適切な対応がほとんどなされていないことを、どの遺族も訴えていましたね。またマスコミに対してもあることないことを広く流して風評被害を受け、不信も非常に大きいとのこと。ただ同時にマスコミに対しては、たとえば鳥越俊太郎の名前を挙げて、娘の名誉を回復するようにつとめてくれた人もいる、ということを話されていた遺族の方もいました。
私は法律なるものは本当に不得手なので、法律の学説等々の話はあまりわからないのですが、何でも日本の刑法では、加害者は被害者に対する罪として罰せられるのではなく「国家」の秩序を乱したことで罰せられるそうで、この観点からすれば、被害者への視点というのがもともと薄いとのこと。警察の対応も、もしかして被害者よりも「国家」みたいな得体の知れない曖昧な「想像の共同体」に意識を絡みとられて、目の前にいる被害者への感情がどこか鈍くなってしまうのかなぁと、素人ながらに思いました。・・このあたりは、あまりに素人なので、大それたことは言えないですが。。
で、現実的に被害者は生き返ることはなく、遺族は痛みを常に伴いながら生きなくてはならない。そこで私は菊池寛の『恩讐の彼方に』なんてのを思い起こしてみたんだけど・・被害者のことをあまり知らずに安易にあれを出して、「解のひとつ」だと言うのはやはり違うなと思いました。結果はきれいなんだけど、そこに至るまでの加害者・被害者の苦しい過程をまったく見ずに話をしているところが大きな反省点。もしかして目指すべき理想の形ではあるかもしれないけど、なかなかそうはいかないのが現実だということを改めて痛感した次第です。・・こんな反省から、私のような素人が考えるべきは、こんな最終形を追うことより、何をすれば遺族が癒されるか、という点を深く考えることかと思いました。
・・まず、そのような事件が起きたときに被害者遺族の癒しのためになされるべきことを考えてみると、まず、一番に①加害者の贖罪があって、その上で②警察の適切な対応、③マスコミの公正な報道、④遺族への支援、そして⑤法整備、という要素がそろって、ここで初めて被害者の癒しにつながるのかな・・と思いました。①から⑤までそろって初めて形が浮き彫りにされる、ということで、いつぞやゼミで言われた「螺旋モデル」に対抗して、「五芒星モデル」と命名してみるけど・・(ちなみに五芒星は★のこと)。
結論として、後輩に感化された部分もありますが、被害者に寄り添う視点ってのがもっともっと重視されるべきだとたしかに思いました。このあたり、裁判員制度の理念と重なるところがあるんじゃないかな。
来年から「命」に関して何かを考えさせる教師をやる身としては非常に勉強させてもらったところです。素直に後輩に感謝せねば^^
・・長くなりましたが、これについては以上で。


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