July 05, 2009

JK・JC・JD。

ドラマ『臨場』は非常に秀逸な作品であり、ラストの2話は久々にドラマで泣かせてもらったり、かと思いきや完全に駄作と断言させてもらいますが『婚カツ』もあったりと今クールのドラマが最終回を迎えて一学期もついに終わりました。今年は女子校の中3に手を焼いてます。

女子中学生(最近はJKならぬJCという隠語があるそうな)とは院生で夏休みに塾講をしていたとき以来。埼玉の某塾で傍若無人な態度をとりまくる女子中学生から、「もっと若い“奴”いなかったの?」(奴よばわりされるいわれはない)「もっとカッコイイ先生にしてよ」(カッコ悪くて悪かったね)「ガイジ」(障害児のことらしい。理解不能なことをいう奴に対する彼女なりの隠語だそう。あほか)などと言われ、一度厳しくガツンと言ってやったら「もうこんな授業絶対出ない、出てやらない」と言われ(といいつつ彼女らはちゃんと次も来たけれども^^)、暴力的な言葉の“洗礼”を浴びせられてきて、これじゃ世の多くの公立の先生方は気持ちを病む人も多いのは頷けるな・・と感じて3年後。

幸いにも、いま勤務している女子校は学力的にも家庭的にもしっかりしている子が多いからそれほど生活面は問題ないだろうと去年担当していた“JK”を見て思っていましたが、やはりお年頃の“JC”は基本的に変わらない部分があるのだと実感し、改めて「女子中学生」なるものを考えさせられました。

具体的にこんな現象を体験しました。

・目の前に私がいる状態で「あいつ」呼ばわり、もしくは呼びつけで呼ぶ(聞こえてるっちゅうねん)

・授業に乗り気がしない場合、高校生なら多くは「寝る」「内職する」という選択肢をとれるが、露骨に「つまらない」と言葉に出して喋りだす、しかもそれを共有しようと友達に同意を求め、仲間をつくろうとする

・気の合う友達がそばにいると一緒になって教員を「おかしい」「変」だと非難し、異質なものだと排除する(俺が触ったものを“ばっちぃ”ものにするとか)
 
・昨日まで話しかけてくるなど親しくやれていると思っていたら、急にがらっと態度が替わってよそよそしくなる


たまに言葉がジャックナイフのように鋭くて、心にグサっとくることもしばしばですが、思うにこのぐらいのお年頃の女子中学生は、自分も他人にもダメージを少なくするような行動の仕方が身についていないんでしょうね。ある種「子どものやることだから」と割り切りが必要で、「子どもだから」と思ってどんなことを言われても信念もって叱るときは叱る人でなければだめなんだろうな、というのが私の感想です。

さいわい、私は数年前の免疫があるゆえ、多少傷つきながらも“べホイミ”的な癒しがあれば全快するくらいの浅い傷なので大したことはないのですが・・ただやはり「慣れ」は必要だと痛感しました。プライドの高い人、非難されることに慣れていない人ははかなりの確率で傷つきますよ、絶対。

あと、進学校だからというのもありますが、やはり授業をしっかりしたものをやればそもそも勉強する彼女たちは基本ついてくるという実感も得られました。この点、やはり優秀な生徒の多い学校は解決策も見えていて楽だ、といえるかもしれません。一般の公立だとこうはいきませんもんね。。

でも、一人ひとりと話すとさして問題ないように思えるところが不思議です。群れると豹変するのが“JC”も“JK”も怖いところか。

その点、男子校の方の中学生はエロい話をするだけで爆笑がとれるなんざ平和なものです^^ これは男女の違いだからなのか、同い年の女子に比べて男が精神的に子どもだからなのか、どっちなんでしょ。

まだまだ生身の子どもを勉強せにゃあかん、というのが一学期の反省です。


追記
“JK”から“JD”になった卒業生がよく遊びに来てくれ、うれしいことに私も呼び止めてもらえるのですが、もはやばっちり化粧して“変身”してしまった彼女たちを見ても、8割がた誰だかわかりません・・アウチ。

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November 23, 2008

子どものしかり方。

子どもの叱り方、ということで私も日々これには気をつけないとなぁと思っています。
記事を転載します。

<子どものしかり方>思春期編 焦点絞り、具体的に
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20081123mog00m040002000c.html
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20081123mog00m040003000c.html
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20081123mog00m040004000c.html

◆反応に変化

「待ちなさい」「もう、いいっ」--。背を向けた長男(14)を追いかけながら東京都三鷹市の会社員、亮子さん(44)=仮名=はため息をつく。「最近、物知りになり親に言い返す。きつくしかるとプイッと行ってしまいます」

思春期の子どもの扱いは難しい。学校マガジン「おそい・はやい・ひくい・たかい」編集人で名古屋市の小学校教員、岡崎勝さんは「善悪を明快にシンプルにしかって」と勧める。10代の子どものしかり方はもともと気を使うものだが、10年ほど前から子どもの反応が変わったと、岡崎さんは指摘する。

目立つのは次のタイプだ。
(1)しかられることをどう受け止めていいかわからず笑ったりする
立ち直りが早く同じことを繰り返す
(2)暴力をふるわれてきたため、男女関係なく粗暴。言葉でしかっても通じにくい
(3)理屈をこねて言い返し、通用しないとキレる
岡崎さんは「幼少時に善悪を明確に教えられない親が増えた」とみている。「学校の物を壊さない」などの基本的な事柄を理解していない子が増えた。(3)のタイプは、親が理詰めで納得させようと試みて、何をしかられているのかの焦点がぼけてしまった状態のことをいう。

◆事後のケア大事

「親は自分の正義感や怒りをぶつけていい。社会の規範が崩れ、大人も迷うのでしょうが判断に悩むことはしからなくていい。私は生徒に茶髪は『いけない』ではなく、『先生は良くないと思う』と伝えています」
悩みなどはしかった後で聞く。小学校高学年ともなれば大人と同様に自尊心が傷つく。事後のケアが大切だ。良くないのは母親が父親の顔色をうかがってしかるケース。子どもに何が問題なのかが分かりにくいからだ。
長崎県大村市の精神科医、宮田雄吾・大村共立病院副院長は「効果的にしかる技術が必要だ」と提案する=表参照。

話し合いも

ぜひ把握しておきたいのはしからない方が良いケースだ。人を陥れるうそは厳しくしかるべきだが、周囲に調子を合わせようとしたり、本人が体面を保つためにうそをついた場合がそれ。「そう?」と受け流し、子どもの気持ちを肯定してから他の言い方を教えるといい。知識や能力が足りず失敗した場合や不登校などで悩んでいる時も同様だ。「分かっていてできないことをしかられたら大人でもつらい。問題解決を話し合うなど対応を変えましょう」と宮田さんは指南する。【大和田香織】

コミュニケーション重要

教育情報誌「プレジデントファミリー」は今夏、学習塾の市進学院と共同で小6親子295組を対象に、成績上位層と普通層のしかり方を調べた。「スパッと短くしかる」は上位層で親53%、子31%、普通層で親44%、子20%だった。「親の体験を話す」「たとえ話をする」などしかり方に工夫している割合はいずれも上位層が普通層より少なかった。鈴木勝彦編集長は「コミュニケーションをとり、子どもをよく観察することが大切」と話している。

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October 06, 2008

教育の地方分権危機

私も藤田先生と同意見なので引用させていただきます。

地方分権・学校裁量権の暴走と公教育の危機
―杉並区立和田中の進学準備塾「夜スペ」が象徴するモラル・ハザード

国際基督教大学教授 藤田英典
http://www.kyoikukaikaku.com/teigen/fujita080220.htm

問題の経緯
 民間企業出身の藤原和博氏が校長に就任して以来、学校改革先進校として注目されてきた杉並区立和田中が、2008年1月26日より、某大手進学塾の出張夜間塾「夜スペ」を開始し、注目されている。同校HPに掲載された藤原校長の弁によれば、「私立に行かずに済む受験サポートを、全国の公立中学校に先駆けて、地域本部主催で行います。平日の夜に学校で開く進学塾。中2の1月から1年間の集中講座。これにて「私立を超えた公立校」を確立します。 公立校の弱点である「吹きこぼれ」を出さないため、都立の進学重点校や私立の中上位校を狙う夜の特別コース。『夜スペ』と名付けました。」とのことである。
 

 東京都教育委員会は「(1)希望しても受けられない場合があり、機会均等の確保に疑問がある(2)特定の塾が学校を利用して営利活動をしていると疑われかねない(3)教材づくりに教員がかかわり公務員の兼業兼職の疑いがある」という3点を問題視し、杉並区教委に実施再考を求めたが、それに対して、同区教委は「教育の地方自治分権が求められる今日、残念だ」と反発し、和田中も「(1)補習は今後も続け、全生徒に目配りしている (2)授業1コマ500円と格安で、塾側にほとんど利益はない(3)教師にももうけはない―」と反論(以上、朝日新聞asahi.com1月8日及び10日より)。結局、都教委は区教委から提出された回答書を受け、「指摘した疑義はクリアされた」として容認し、1月26日から実施されることになった(朝日新聞1月24日朝刊)。

和田中・夜間塾の問題性
 都教委の朝令暮改的な対応にもがっかりだが、容認的・好意的なマスコミの反応(朝日新聞・毎日新聞の社説など)にも呆れるばかりである。ちょっと考えただけでも、次のような問題点を指摘することができる。
(1)和田中及び同校区に直接かかわる具体的問題
 ①私企業の営利活動・宣伝活動に加担・便宜供与することの問題性(同塾は施設費・光熱費等を負担するわけではないので赤字営業にならないはずであり、加えて宣伝効果は絶大なものである)
 ②生徒・保護者を選別・差別・分断することの問題性(一部の成績上位者だけを選別対象とし優遇することの問題性に加えて、生徒・保護者・地域住民の間に不信感・亀裂・分断を引き起こす危険性や、「都立の進学重点校や私立の中上位校」を狙うような成績上位者でなければ特別配慮に値しないという隠れたメッセージを子どもたちに伝え被差別感・不信感等を抱かせかねないという問題性)
 ③「夜スペ」決定過程の問題性(和田中の教職員・保護者等の意向を無視したトップダウンの決定の問題性に加えて、保護者の自由な意見表明を封殺することの問題性)
(2)公教育(特に小・中学校段階の教育)の在り方にかかわる一般的・理念的問題
 ①テスト学力偏重教育・受験準備偏重教育への傾斜動向に棹さすことの問題性
 ②教育機会の格差拡大を容認・促進することの問題性(<できる子>の優先・優遇を容認・促進する改革動向に拍車をかける危険性や、教育機会の地域間・学校間格差の拡大を促進する危険性)
 ③地方分権・学校裁量権(校長裁量権)の濫用・暴走の危険性(実施主体は学校ではなく学校支援地域本部だと言うが、地域本部であれば何をやっても良いということにはならないし、今回の場合、校長が率先して企画・決定したという事実も変わらない。そして、こういうことがまかり通れば、地域間・学校間の無用かつ歪んだ競争を促進することにもなりかねない)
 ④教育の市場原理主義的・新自由主義的再編を促進することの問題性(塾産業の拡大や営利企業の学校現場への過剰参入を促進することの危険性・問題性に加えて、教育の公共性・適切性の軽視と私的効用・市場的価値の過度の重視によるモラル・ハザードが加速することになりかねない)
 和田中・藤原校長はもちろん、杉並区教委も都教委も、これらの諸問題について十分に検討し、良識的かつ賢明な判断・決定をする責務があったはずであるが、マスコミその他の諸情報より判断するかぎり、その責務が十分かつ適切に果たされた形跡はない。それだけに、今回の和田中・夜間塾の実施及び区教委・都教委の対応は、地方分権・学校裁量権の濫用・暴走を象徴するものだと言わざるをえない。

「吹きこぼれ」対策及び高校受験向け特別対策という主張の問題性
 冒頭の引用文にも示されているように、同夜間塾は『公立校の弱点である「吹きこぼれ」を出さないため、都立の進学重点校や私立の中上位校を狙う夜の特別コース』なのだそうである。この言明には、少なくとも次の3点で重大な問題がある。第一に、「公立校の弱点である」と書くことにより、<公立校は受験対応という点で十分なことをしていない>、<他の公立校はそういう努力を怠っている>というメッセージを流布し、他の公立校を貶めている。これは、藤原校長が就任して以来、何か改革を行うたびに強調・公言してきたことだが、あまりに独善的で不当な主張といわざるを得ない。
 第二は、高校受験に関する事実認識の歪みと、その歪んだ認識に基づいて受験準備偏重教育への傾斜やそのための学校間・地域間の有害な競争を促進しかねないことである。高校入試競争は、首都圏のように私立高校の割合の高い地域を除けば、高校通学区域内での競争であり、全県一区の広域選抜制が採用されている場合でも同一県内での競争であって、他学区・他県の生徒との競争ではない。また、ほとんどの私立中学は中高一貫校であり、そのほとんどすべての生徒は併設高校に内部進学するから、高校入試競争は事実上、公立中学校の生徒間の競争であって、私立中学の生徒と競争するわけではない。したがって、中学校教育の理念(望ましいあり方)とフェアな競争を重視するなら、和田中「夜スペ」のようなプログラムは無用だというだけでなく、子どもや保護者の間に無用な不安を掻き立て、公立中学校における入試準備教育の歪んだ競い合いを促進し、公立中学校間の格差を拡大することにもなりかねないという極めて危険なものである。
 第三の問題性は、「吹きこぼれ」を「公立校の弱点」と見なし、夜間塾「夜スペ」を「吹きこぼれ」対策だと主張している点である。「吹きこぼれ」は「落ちこぼれ」の対義語として最近一部で使われるようになった言葉だが、これは最近とみに目立つようになったモラル・ハザードの一つの表れと言える。授業のレベルや進度が自分の学力より低すぎる・遅すぎるとか授業内容を塾などでとっくに学習し終えているとかいった理由で、学校の授業がつまらない、授業に熱心になれないという子どもが増えていることは事実のようである。しかし、もし夜間塾が「吹きこぼれ」対策になるとしたら、そもそも「吹きこぼれ」と言われる昨今の問題は起こらないはずである。なぜなら、進学塾に通っている子は、そこでケアされているはずであるから、「吹きこぼれ」にはならないはずだからである。
 一部の子どもにとって授業のレベルや進度が低い・遅いといったことは、今に始まったことではない。戦後60年、小・中・高校のどの段階でも、たいして勉強しているようには見えないのにいつも試験で満点(に近い成績)をとる子、教師でも苦労するような問題をすらすら解く子、膨大な小説・文学作品を読みあさっている子、難解な哲学書などを読み思索にふける子、教師も思いつかないような洞察力に富む意見を理路整然と展開する子など、挙げればきりがないほど、いろんな<できる子・優秀な子>がいた。しかし、そうした子どもたちも、混合クラスでみんなと歩調を合わせて学んでいたし、居眠りしたり内職したりすることはあっても、授業を妨害したり、学習意欲喪失に陥ったりするということはほとんどなかった。ところが、最近は、学校での授業のレベルや進度が低すぎる・遅すぎるから「吹きこぼれ」になるのだという。これは、たんに授業のレベルや進度が低すぎる・遅すぎるからではなくて、学校教育に期待するものや授業への構えが変化し、テストで測られるような学力や受験準備を重視する傾向が強まってきたからであろう。進学塾などで(受験に特化した)学習を学校の授業に先んじて行うようになればなるほど、小中学校時代の学習・勉強をそのようなものに矮小化し、学校の授業にもそのようにしか関われなくなるからであろう。そうであるなら、和田中・夜間塾はそうした傾向に迎合し拍車をかけるものでしかない。それでよいと考えるのかどうか。いま、日本の教育はその重大な岐路に立っている。

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September 30, 2008

発達障害児と母。

「三つの苦しみ」子育ての地獄(AERA 9月29日)http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20080929-00000001-aera-soci

 当初から疑いの目はただ一点に向けられていた。告別式の2日後、親族のかすかな望みは打ち砕かれた。

「本当のことを聞きたい」

 福岡県警の捜査員にそう語りかけられると、被害者の母、富石薫容疑者(35)は泣き崩れ、自らの犯行を一気に話し始めた。

9月18日、福岡市の公園トイレで薫容疑者の長男弘輝君(6)が首を絞められ殺害された事件。供述を二転三転させるなど、薫容疑者への疑いを強めていた同県警は、告別式の終了を待って、母親の本格的な事情聴取に踏みきったのだった。
 あの日は、雨上がりの、晴れ間がのぞく散策日和で、母と子は普段どおり連れ立って、ドーナツを作るための卵を買いに出かけた。途中の公園で弘輝君ははしゃぎ、水の溜まったタイヤで遊ぼうと母を誘った。

「お母さんは遊べないのよ」

 そう答えた薫容疑者には、原因不明の難病によって足に力が入らなくなる障害があった。両腕も肩の高さまでしか上がらなかった。
 普段から体の不自由な母を助けていた弘輝君はむくれた。遊んでくれない、授業参観にも来てくれない。日々のそんな寂しい気持ちもあったのかもしれない。トイレで立ち上がるときの介助を母に頼まれると、弘輝君は突っぱねた。それは母と子の、ほんの小さな気持ちのぶつかり合いでは済まなかったのか。

「介助を断られ、絶望的になって殺しました」

 公園近くのマンションに、薫容疑者と弘輝君、夫(33)の3人は暮らしていた。換気窓越しに室内をうかがうと、無造作に丸まったままの布団や洗濯物。ラップや栓抜き、プリント類が散乱し、足の踏み場がなかった。

■自らの難病と子の障害

 実は弘輝君が5歳のとき、薫容疑者は療養のため転居している。夫を実家に残し、弘輝君を連れて自分の実家へ。両親、姉家族との賑やかな暮らしだったが、1年でマンションに移り、3人で再出発したのは最近だった。だが、薫容疑者の症状はその間も悪化していったようだ。

 近所の女性は事件の1週間前、マンションの敷地内を弘輝君と歩く薫容疑者を見かけた。痛みに耐えているのか、歩く姿はお年寄りのようにみえた。
 さらに、翌日にはこんなこともあった。

「開けてー!」

 10分ほどして女性宅の呼び鈴が鳴った。

「近所に住んでいる富石弘輝ですけど」

 ドアを開けると、雨ガッパを着た弘輝君が留守の自宅に入れず、泣きじゃくっていた。

■完璧を求めた子育て

 普段持ち歩いている携帯電話も室内に置いてきたといい、弘輝君は1階の郵便受けに入っていた出前店のチラシを持って、こう言った。

「これが電話番号」

 女性が携帯電話を貸すと、弘輝君はチラシの数字を短縮ダイヤルで押した。同じことを繰り返したが、女性が登録している番号にかかり、母親にかかるはずもない。ほどなくして父親が走ってきて、母親の病院が長引いたのだとわびたという。

 その夜、再び女性宅の呼び鈴が鳴った。玄関先で薫容疑者が頭を下げていた。

「きょうはすみませんでした」

 手渡された有名洋菓子店の紙箱には、シュークリームが3個入っていた。弘輝君には軽度の発達障害があり、特別支援学級に通っていたことを、女性は後に知った。

 薫容疑者は両親とも公務員の厳格な家庭で、3人姉妹の末っ子として育った。小学校では学級委員を務めるしっかり者だった、と同級生は言う。
 小学校高学年のとき、出し物の練習をしていたときのことだ。級友らはふざけてばかり。薫容疑者は「何でちゃんと練習しないの」と叫んで教室を飛び出した。男子らが後を追うと、廊下の隅で泣いていた。

「とにかく責任感が強く、弱音を吐かないタイプ。誰かに相談しようとはしなかった」

 そんな性格は、子育てでも完璧を求めた。発達障害の子どもを受け入れる優しい母親。それが理想像だった。衝動的に激しい行動をすることがある息子にたたかれて右肩にアザができても、「階段で転んだ」と夫にも嘘をついた。育児ストレスもあってか症状が悪化し、医師に入院を勧められても頑なに拒んだ。

■事件直前に自殺未遂も

 事件の10日ほど前、薫容疑者は睡眠薬を大量に飲んで自殺を図っている。それから、弘輝君は、母の「見張り」までするようになった。

 東海学院大学大学院の長谷川博一教授(臨床心理学)は推察する。

「子の発達障害、自分の身体障害、強すぎる責任感の三重苦。公園で楽しそうに遊ぶ親子たちを見て、自らの境遇と比べたのかもしれません」

 弘輝君にトイレの介助を断られたとき、「何でそんなことしなきゃいけないの」と言われて絶望的になったと供述しているが、長谷川教授はもう一つの引き金を指摘する。

「なぜ私ばかり、という本音があった。抑え込んできた言葉を子から投げつけられ、楽になりたいと思ったのではないか」

 自殺するために持ち歩いていたビニールホースをカバンから出し、息子の首に巻いて絞めた。遺体を抱きかかえ、トイレ外の柱の隙間に体育座りにさせた。数十メートル先の雑木林に分け入り、わが子の「命綱」だった携帯電話を投げ捨てた。
 三重苦から這い上がる方法は、他になかったのか。同じような事件は全国で後を絶たない。
 片時もじっとしていない。家中を走り回り、物を壊す。叱っても、同じことを繰り返す。

「何でわからないのよ……」

 3月、関東地方の30代の母親が、発達障害のある5歳の長男を殴ったうえ、立たせて椅子に縛り付けた。動けないよう床に画鋲をまき、食事も水も与えず一晩放置した。翌朝、自ら呼んだ救急車が到着したときには、長男は脱水症状でぐったり。母親はその子を抱いて呆然と座り込んでいたという。

■子の発達障害と苦悩

 母親はシングルマザーで経済的に苦しく、摂食障害とうつにも悩んでいた。
 両親に相談したこともある。奇声を上げて走り回る孫を一目見て、両親は言い放った。

「あんたが何とかしなさい」

 迷惑はかけられない。保育園への送迎もままならず、2人きりで一日中、部屋にこもった。長男の後頭部は、何度も叩かれたため髪が薄くなっていた。
 発達障害は、自閉症、アスペルガー症候群、学習障害(LD)、注意欠陥・多動性障害(ADHD)などと幅広いうえ、先天的な脳機能障害であることすらあまり知られていない。しつけや愛情不足が原因と決めつけられ、傷つく母親も少なくない。
 発達障害の子どもと親を支援するNPO法人「アスペ・エルデの会」代表の辻井正次さん(中京大学教授)は言う。

「発達障害児の母親は抑うつのリスクが高い。障害を受け入れて、というだけではますます追い詰めてしまう。子どもの行動に適切に対応できるよう具体的に親に教える子育て支援が急務です」

 子どもの将来を悲観する母親たちは、子どもに自身の人生までも投影してしまうのだろうか。

■悔やむ容疑者の実母

 警察庁のまとめでは、今年上半期に子どもの殺人・殺人未遂容疑で検挙された実母は16人。うち11人は一緒に死のうと、犯行後に自殺を図ったという。

『心に狂いが生じるとき』の著書がある精神科医の岩波明さんはこう話す。

「母親は子どもとの一体感が強く、特に日本は母子心中の割合が高い。子どもを独立した人格として認めず、親の所有物とみる傾向があります」

 一方で、類似事件の捜査関係者の中には、

「我が子を手にかける母親は、限りなく自己愛が強い」

 という見方もある。

 弘輝君がもう答えないと知っていながら携帯電話の全地球測位システム(GPS)機能で捜すふりをした薫容疑者は、何を思っていたのだろうか。逮捕後にこう漏らしている。

「一人で抱え込み過ぎなければよかった」

 26日、アエラの取材に答えた薫容疑者の母親も、同じことを話していた。

「もうちょっと早かったら」

 薫容疑者の症状が悪化し、手足の痛みが増していたころ、母親は脳出血で倒れ、様子を見に行けなくなった。

「仕事は休んでるけど、元気よ」

 電話で気丈に振る舞い、決して弱音を吐かない娘を、母は心配し説得した。

「でもやっぱり大変やけん、もうね、こっちに帰っておいで」

 それでも薫容疑者は弘輝君を優先した。発達障害の特性の一つで、したいことを中断されるとパニックを起こす。きちんと話して納得させてから引っ越したいから――。そう言って小学校に相談した矢先、事件が起きた。

「本当に、あともうちょっとで間に合わなかったんです。有無を言わさず連れてくればよかった、と思っとうとです」

 母親は、涙でくぐもる声を絞り出すように語った。

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August 07, 2008

「父原病」が子を壊す。

ひとつ前の記事で、少子化が及ぼす教育への悪影響に関する記事を載せましたが、それと関連して父子関係についてのAERAの記事です。私としても最近の子どもの凶行の原因として、父子を含めた親子関係の変化が大きな要因として挙げられると考えます。(以前こんな記事も書きましたが)

以下、引用します。

止まらない子どもの凶行 「父原病」が子を壊す AERA 2008年8月4日号 

子どもが家族や社会に牙をむく。父の存在感が事件に影を落とす。過干渉、無関心……。現代の父子関係はどうあるべきか。父はただ悩む。

 父と娘が一緒にチキンカレーを作り、ビデオ鑑賞する。幸せな光景が数時間後、一変した。

 埼玉県川口市で7月19日、中学3年の長女(15)が寝ている父親(46)を刺殺した。長女は小学校高学年の頃から、

「お父さんむかつく、うざい」

 が口癖だった。逮捕後もこう話している。

「両親から『勉強しろ』と言われて、うっとうしかった」

 16日に愛知県でバスジャック事件を起こした中学生男子(14)の父は、子どもの部屋に「成績が落ちたら違う人生を考える」という張り紙をさせ、携帯電話を取り上げて勉強させていた。一昨年、自宅に放火して母、弟、妹を殺害した奈良県の高校生男子(16)の父は、勉強部屋を「ICU(集中治療室)」と呼んで、つきっきりで勉強を教えていた。

学校説明会は父ばかり

 いま、過干渉の父親が増殖している――。

 千葉県の男性(45)は、小6の長男(11)を大手進学塾に通わせ、「開成中」合格を目指している。毎朝6時に長男と一緒に起床、出社前の1時間を勉強を見る時間にあてる。週3回塾が終わる午後9時、迎えに行くのは常に父の役目だ。

「妻は、勉強ばかりではダメだと中学受験に反対した。でも私としては、少しでもいい学校に入れて、いい環境といい友達を与えてあげたいと思う」

 長男の受験のため、飲み会や自分の趣味は我慢している。妻や次男がテレビを見る時は、ヘッドホン着用で音を外に漏らさないという決まりも作った。

 長男は学校のテストはほぼ100点で、通知表のほとんどがAという優等生だが、塾では、せいぜい「中の上」。落ち込む長男を見て、少しでも成績が上がればと父は猛特訓に励む。

「教えた分だけ成績が上がって、子どもが喜ぶ姿を見ると心底うれしい。手綱を締めたり緩めたり。さじ加減一つで結果が変わってくるので必死ですよ」

 最近は中学受験のための学校説明会に参加する父親も格段に増えていると、安田教育研究所の安田理さんは言う。

「子育てはやはり母親が主役。でも唯一、受験は数字や分析がものをいうので、父親の得意分野でもある。仕事の延長線上でついつい熱が入る」

圧迫上司型は実績重視

 安田さん自身、2人の子どもに中学受験をさせた。6年後の大学受験を考えて、大学合格実績を伸ばしていて、算数が苦手な息子に合わせて、理科、社会の配点比率の高いところを受験させた。子どもが行きたい学校は聞かなかった。

 息子が成人してから、

「中学受験はしたくなかった」

 と当時を振り返って言った。子どもの気持ちを無視していたと、いまは反省している。

 埼玉県で30年間塾を営む中山百合さん(58)のもとには、小2女子の父親からこんな電話がかかってきた。

「通知表は(5段階の)3ばかり。塾に通わせているのに、月謝相当の効果がないじゃないか」

 仕事の合間に携帯から電話をかけてきたようで、20分間続いた。年々こういう父親からのクレームが増えている。特に、通知表をもらった直後、数字に敏感に反応して電話がくる。

「父親は母親と違って常時子育てに関わるわけではない。だからこそ、一時的な評価に一喜一憂してしまう」

 数字に敏感で成果重視。まるで会社の上司そのままの態度で子どもに接する父は、干渉型の中でも「圧迫上司型」だ。

 最近の事件でも、「目標点数の張り紙」「成績のことで暴力」など、この型に当てはまるケースが多い=23ページ表。

 だが今回、川口で起きた父殺害事件は違った。一見フレンドリーな父子関係が、子どもにとっては「うざい」。

 出版社に勤める男性(53)は、中2の次男が小5の時、学校の提出物に書いていた言葉が忘れられない。

「父親の嫌なところ――休みになると強引に外に連れて行こうとするところ」

 子どもが小さいころは忙しく、家に帰らず2~3日徹夜することもあった。子どもがどう成長してきたかほとんど記憶にない。

フレンドリー型も悩む

 だからせめて埋め合わせしたいと、数年前から、土日のたびに、博物館、キャッチボール、手料理と、自分では子どもとの距離を縮めているつもりだった。それを息子が嫌っていたとは想像もつかなかった。

「一番大事な幼少期に関わっていないと、急に無理をしてもダメだったのでしょうか」

 今年春、次男と二人きりで富士山にドライブした。だが、次男は途中からずっと携帯ゲーム「実況パワフルプロ野球」に熱中。家族で旅行した時も、iPodを耳にしたまま。どうやって関わればいいのか、正直わからない。

 大手広告代理店に勤める男性(46)も「フレンドリー型」があだになった、と悩む。

 長男(19)が小5の時、単身赴任が決まった。毎日5回ほど電話し、子どもにはその日学校であったことや食事の中身などを聞いた。権威的にならないように、言葉遣いも気をつけた。

 そういう仲の良い親子だったからこそ、高校に入ってからも子どものバンド活動に加わり、他の親子以上に密接だった。でも、息子は息苦しさを感じていたのかもしれない。高2の時、まる一日連絡もしない息子に、

「メールぐらいしろ」

 と怒鳴ったら、殴られた。その一回のケンカが引き金になって、その後、息子は口をきかなくなった。

「『勉強をしろ』と追いつめた覚えはない。子どもと密接なことが逆効果になるのなら、父親なんてやってられませんよ」

 今年3月、岡山駅で県職員を突き落として殺害した少年(18)と、父(56)もそうだった。携帯でよく連絡を取り合い、父から言わせれば少年は「父ちゃん子」。事件後、父は言った。

「小中学校と同じように接してしまい、子どもには負担だったかもしれない」

 いまの父親世代が青春時代を送っていたとき、父は家にいなかった。父にしてもらったことに記憶がない。「ロールモデル」がいないのだ。

「うるさい」を封印

 しかし、自分が父親になったら、女性の社会進出が進み、父親が子育てに関わるのは当然になっていた。

「親父からは怒鳴られた記憶しかないので、僕も子どもにそうしていたんですが……」

 と、戸惑うのは中2の息子を持つ埼玉県の男性(44)。息子にゲンコツは当たり前。息子の言い分は、「うるさい」の一言で一蹴してきた。

 小6の夏休み、息子が突然荒れた。家の窓からスーツや家具を庭に次々と投げる。家の壁を鉄骨がむき出しになるまで破壊する。テレビの通販番組に勝手に注文して、高級品を買う。警察沙汰になったこともあった。

 そこまで来て、自分のやり方が間違っていたと気づいた。とにかく、息子の声に耳を傾けよう。「うるさい」は封印した。

 約1年後、久し振りに息子から「お父さん」と呼ばれた時、うれしくて涙が出た。

 関東地方に住む40代の父親は、子どもにスポーツでの活躍を期待するあまり、いつもご褒美をちらつかせていた。

「大会でいい成績だったら、DSを買ってあげるよ」

「県大会に出たら、携帯電話を買ってあげるよ」

 やる気を出させるためと思っていたが、物でつるのがいいはずはなかった。子どもは心からスポーツにのめりこんだわけではなかった。途中で練習をさぼるようになった。今では、無理やりスポーツをやらせた父親に反発して口もきかない。でも、ほかにどうすればよかったのか、答えがわからない。

父を「理想化」しすぎ

 ロールモデルなき父に指針を示すのが、ネットや本にあふれる子育て・教育マニュアルだ。過剰に信じて、その通りにいかないと不安になる「マニュアル型」過干渉も増えていると、前出の安田さんは指摘する。

 圧迫上司型、フレンドリー型、マニュアル型……。様々な父の過干渉は子どもを追い詰めている。父が原因で、子どもが病んでしまう「父原病」――。それは、「母原病」より深刻なのかもしれない。

「父の存在が子どもを壊す可能性の方が、母が壊す可能性よりも大きい」

 思春期で難しい内面を抱える娘(15)を持つ女性(47)の実感だ。この女性は有名企業の正社員として働く。共働きだが、子育ての主軸はどうしても母親。娘とはバトルを繰り返し常に不満を発散し合っているので、娘は極端にキレない。

 一方の夫は、家事に協力的だが、娘と向き合う時間は少ない。娘を理解しづらい夫が気に障ることを言うと、娘はガッと激しくキレる。先日は、パソコンを使っている娘に夫が、

「宿題はしたのか」

 と声をかけた瞬間、

「うるさーいっ」

 と大声で叫んだ。ニュースの中の事件は決して他人事ではないと思っている。この女性は夫に、こうくぎを刺している。

「たまに関わってかき乱すくらいなら、関わらない方がいい」

 川口の父殺害事件で、母親は学校に謝罪する電話の中でこう言った。

「勉強しろと厳しいのはむしろ私の方だったかもしれません」

 うるささで勝る母よりも、父に娘の激しい怒りが向いた。前出の女性が感じるような、父親という特殊性と関係しているのかもしれない。

 格差社会が父の存在を遠ざけていると指摘するのは、前出の中山さんだ。「学歴社会」の現実を目の前にした「上流父」の呪縛なのか、教育熱心な家庭ほど父の社会的地位も高い傾向にある。受験に熱心な過干渉型の家庭内では、父を極度に理想化する傾向もある。

「父のようにならなければ、と子どもが感じて行き詰まっていることが多いかもしれません」

 川口の少女も製薬会社の父の影響からか、将来の夢は「薬剤師」だった。果たして、それは本心だったのだろうか。

「今の日本では、思春期に反抗期がない傾向が見られる」

 と、東京成徳大子ども学部長の深谷昌志教授は指摘する。いくつになっても金銭的援助や身の回りの世話を親がする「超過干渉親」が増えた結果、子どもは反抗して自立するより、ずっと親に依存している方がメリットが大きいと感じているからだ。反抗期もない「共依存関係」が、親子間にマグマをため込み、時に大暴発してしまう。

 では、過干渉とは真逆の父親の「無関心」はいいのだろうか。23ページの表でもわかるように、無関心もまた事件を引き起こす要因になっている。

「無関心型」もダメ

 子育てする親の相談にのる「JAMネットワーク」の高取しづかさんによると、相変わらず母親の悩みの主流は、父親が全く子育てに関わらない「父不在」だ。内閣府調査によると、1日に父が子どもと関わる時間が30分以下の家庭は、6割にも達している。

「過干渉」と「無関心」という極端な父の存在が、どちらも子どもを壊している。では、一体父親はどうすればよいのか。

 子どもと共通の話題がないと悩む父親が多いが、得意分野である自分の仕事について語ることが重要だとアドバイスするのは、「ファザーリング・ジャパン」代表の安藤哲也さん(45)。

「たとえ話の内容がわからないとしても、夢や仕事について楽しそうに話す父親の姿を、子どもは見たいと思っている」

 携帯電話が家族のコミュニケーションを阻害するとの指摘もあるが、前出の高取さんは、携帯メールを親子の会話に活用することも勧める。例えば、きれいな花を見た時やおいしいご飯を食べた時、「感動」を交換し合ってはどうかという。

 川口の事件では、「7畳・6畳・6畳」の家で、父を刺した長女が最も広い7畳の部屋を使っていたという報道があった。子が親よりも上にくる環境。それが、千葉県在住の男性(51)には信じられない。中3の長男から今でも、勉強や生活の相談を受ける。秘訣を「妻を大事にすること」と教えてくれた。子どもから「自分とお母さんとどっちが大事?」と聞かれるたびに、

「お母さんが1番。お前たちは残念だけど、2番だよ」

 と言い続けてきた。

 きっと、いい関係になれるカギは、そこここにあるちょっとしたことだ。

 岡山県に住む男性(45)は進路について言い争って、家出までしたことがある高1の長男に、毎月1回声をかけている。

「今晩、行くぞ」

 夜中に2人だけのドライブ。夜景が見える場所で、親子のたわいもない話。あっという間に時間が過ぎる。最初は話題も見つけられなかった。いまは1カ月後が待ち遠しい。

編集部 福井洋平、加藤勇介、木村恵子

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May 18, 2008

東欧。

東欧ってちゃんと国名と場所、一致していますか?
地図を作ってみました。授業で使う予定です。

615743527_54

ちなみに「1」と「2」の国名がないのは・・・書くスペースがなかったためです(笑)
当ててみてください^^

しかし、東欧はこんなにも国境線が増えたとは。
私が小学生の時は、まだユーゴスラビアがあって、こんなに国境線なんかなかったのにね。

「7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言葉、3つの宗教、2つの文字、そしてただ1つの心」 ※最後の「心」は「国家」や「ティトー」にも置き換えられる。


サッカー好きの私としては東欧の地図を見ると、日本でも活躍したストイコビッチと現・日本代表監督であるオシムを思い出します。とくに奇しくも最後のユーゴ代表監督となってしまったオシムの引退記者会見を。改めて、いまという時代がまだ歴史の途中に過ぎないことを感じます。
http://jp.youtube.com/watch?v=Y9GR7bf5gBw

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February 08, 2008

『君が代』拒否考。

日の丸への起立と君が代斉唱を拒否して職務命令違反で処分されたことを理由に、都教委が再雇用を拒否したのは違憲だという判決が出されました。

東京都は他自治体に比べて強権的だという印象は拭えなかったところもあって、私見では司法がようやく「待った」をかけたな、なんて印象を持ちました。

しかし、『君が代』はなぜこうも問題になるのか。なぜこれが教員の世界になると途端にいつまでもくすぶっている問題になっているのか。一度、教員側が『君が代』を拒否する理由について、その理論的根拠を整理する必要があると思いました。

いつも批判の矛先が向けられる日教組の理論的根拠は、昔から『君が代』≒「軍国主義」≒「戦争」→「子供を戦場に送るな!」という「反戦」への訴えで『君が代』を否定していると言えます。個人的には時代錯誤もはなはだしいという印象ですが、「理念」のロジックとしてとしてそれなりに納得できるものではあります。その他考えられるのは、「国家の介入」を忌避する(やや左翼的な)思想をもっており、都教委が強制することに対して反発して歌わない人、というのもいるかもしれません。これはいわば「権力」に対抗するというロジックというところでしょうか。

『君が代』を拒否する態度はおおまかにいってこの二つのロジックの両方、もしくはどちらかに軸足を置いていることで生まれてくるものだと思われます(私見では前者の方が多いかな、という印象)。

・・結局、この『君が代』を拒否して騒ぎ立てている一部教員ってのは、どういう属性の人なんでしょう。日教組関係者でしょうか。組織率も10%台ほどに落ち込み、組織としてはほとんど力を発揮しないからこそ個人が頑張ってしまう部分があるのか。あるいは、まったく日教組と関係なく教員として独自に突っぱねている人なのか。このあたりもっと詳しくみないとなんともいえないな・・

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January 16, 2008

藤原校長の「夜スペ」。

学校に関するちょっと真面目な話です。


日テレの「ニュースzero」を見ていたら、リクルート出身の民間人校長・藤原和博氏の杉並区和田中学校の取組みについて特集が組まれてました。

その名も「夜スペ」。平日午後7時以降、大手進学塾「SAPIX中学部」の講師が中2の希望者、約20人弱を対象に指導するそうで、保護者らでつくる「地域本部」が主催し、参加費はSAPIXの正規授業料の半額程度とのこと。授業料は1日2時間半くらいで1回500円。当然採算は合わないですが、SAPIXは採算より宣伝を意識している、と述べていました。提案したのは塾側だとか。

藤原校長による「夜スペ」の案内はこちら。
http://www.wadachu.info/data/yorusupe.pdf

都教委は以下のように指摘しています。

(1)希望しても受けられない場合があり、機会均等の確保に疑問がある
(2)特定の塾が学校を利用して営利活動をしていると疑われかねない
(3)教材づくりに教員がかかわり公務員の兼業兼職の疑いがある

都教委は区教委は区教委の井出隆安教育長らを都庁に呼び、文書で再考を求める指導をしたそうですが、「教育の地方自治分権が求められる今日、残念だ」と反発しているそうな。


都教委の言い分もわかる気がしますが・・これ以前から行われている学校選択制は「機会均等」に反してなくてこれは反するの?その基準は?と逆に聞きたい部分ですけどね。個人個人の要望に応えることと機会均等との葛藤は、本当に解決が難しいところです。

和田校長の改革は次の二つのことを考えないといけないな、と思いました。とくに②は気をつけないといけないところです。

①生徒の「学力向上」のために外部機関である塾および塾講師を招聘した
→教員の指導力向上はなおざりにされていないのか?

頭のいい、聡明な藤原校長なら、「塾講師と教員の相互作用でお互いに学び合ってほしい」なんて回答が聞こえてきそうですが・・

②塾側は採算より宣伝を優先
→一部の学校(とくにマスコミでよく取り上げられるような宣伝効果の高い学校)のみでしか実施しない

つまり、和田中に付随しているプライオリティに塾が「寄生」しているのであって、決して「学力向上」という大義名分のために塾は他の公立校で授業をすることはない、ということです。「夜スペ」はあくまで「和田中の夜スペ」であって全国展開、もとい杉並区展開ですらかなわないかもしれません。

私の意見としては、藤原校長の取り組みは独自性・自律性を評価できるものの、あくまでそれだけだ、という印象です。やるにしても区でほんの一握りの学校だけが可能だろうし、もしこれを「素晴らしい、みんなもやれ」という政治家なり教育委員がいたとしたら、あまりに表層的な判断しかできない人間だと思いますけどね。

(追記)
なお、この和田中では休みである土曜日に「土曜寺子屋」(通称どてら)を行い、普段の学校の授業の補習を行って全体の成績を底上げする取り組みをしています。この担当は教員のほか学校ボランティアや地域の協力で行われているそうです。「夜スペ」と「どてら」に対する藤原校長としては、「どてら」で成績下位の生徒(いわゆる「落ちこぼれ」)を引き上げ、「夜スペ」で成績上位の生徒(いわゆる「吹きこぼれ」)をさらに高みに引き上げようとする意図だそうです。

学校週五日制がはじまって、土曜日の使い方で学力にも差がでていることが言われている昨今ですが、「どてら」はそれを解消する取組みとして生徒からも保護者からもとても評価は高いようです。「夜スペ」はこの「どてら」との“セット”で捉えるとちょっと印象も変わってくる気がします。

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December 15, 2007

文科省VS財務省。

msnのニュース欄にあった産経ニュースから抜粋。

文科省VS財務省 教職員増員めぐってバトル
http://sankei.jp.msn.com/life/education/071114/edc0711141827002-n1.htm

いじめ、学力低下、理不尽な要求をする保護者…。教育現場を取り巻く厳しい環境に対応しようと、文部科学省は来年度予算で公立小中学校の教職員約7000人の増員を要求している。教師が多忙で子供と向き合う時間を確保できない現状を、人手を増やすことで是正するのが狙いだが、行政改革法が施行され地方公務員の純減に取り組んでいる最中とあって、予算を握る財務省が反発。年末の予算編成に向け激しいバトルが繰り広げられている。

 教職員の定数については、昨年6月施行の行革推進法で削減が決まっている。しかし、その後に教育三法が改正され学校現場に新たなポストが設けられたことなどから、文科省は今後3年間で2万1000人の教員を増やすことを計画した。

 財務省を説得したい文科省は、さまざまなデータをもとに増員の必要性を主張している。日本の公教育支出の対GDP比は主要先進国に比べ3.6%で、先進国(G5)平均の4.9%より低いことを示すと、財務省は児童生徒1人当たりの支出額を算出、G5平均を上回ると反論する。

 ただ、財務省にも教育現場に問題があるという認識はある。文科省の「教員勤務実態調査」では、昭和41年度の教員の月残業時間は8時間だったが、平成18年度は34時間に上っており、子供に向き合う時間が少ない現実がある。文科省は事務的な業務や生徒指導に時間がとられていると主張するが、財務省は事務のIT化で省力化が可能としている。さらに「文科省や都道府県教委などからの調査やアンケートに忙殺されている現実がある。文科省が先頭に立って改革を行い文書量を減らす努力をすれば、教員が子供に向き合う時間ができるはず」(主計局)と手厳しい。

文科省は現場の困難さをアピールするため、給食費を払わない保護者が増えているほか、不登校や学校での暴力行為が増えている実態をデータで示している。これに対しても財務省は「OECD学習到達度調査(PISA)」のデータで反論。「授業中は騒がしくて、荒れている」の問いに対し「ほとんどない」の回答が、日本は44.4%(平均19.9%)だったことを挙げる。

 財務省は「教員の量を増やすより質を高めるのが先決。義務教育に何を求めるか、学校の役割は何かという問題を整理することも必要だ」(主計局)との立場で文科省との議論は平行線のまま。対する文科省も「厳しい声があることは認識しているが、教育の質の向上には教員の定数を増やさなければならない」(渡海紀三朗文科相)と、原則を崩さない構えでバトルの行方が注目される。

*****

ここに書かれている「教員勤務実態調査」は、先週ゼミに来ていただいた研究者の方がやられた調査で、詳しくお話をお聞きすることができました。ここに書かれている内容が感覚的にもよくわかります。

教員の多忙化の原因を概観すると、やっぱり事務作業(書類作成等)が増えたのが一番の要因の様子。で、その研究者の方も言われていたけれども、世間が言われているほど文科省は教育委員会に対して影響力を持っているかといえばほとんどの場合、決してそういうことはなく、むしろ都道府県教委→市町村教委の締め付けが厳しいことが現場レベルでの圧迫感につながっています。

だから、財務省側による以下の話は実際の教育行政の構造をあまり理解していないからこそ出てくる議論だと思います。

>「文科省や都道府県教委などからの調査やアンケートに忙殺されている現実がある。文科省が先頭に立って改革を行い文書量を減らす努力をすれば、教員が子供に向き合う時間ができるはず」

地方分権って聞こえはいいけど、逆に都道府県の締め付けを容認(というか黙認)することにもなるから、そのあたりはよく注視する必要があります。もともと教育委員会は自律的に活動しているケースが多く見受けられるし、実際、群馬県は「教員保護施策」のような取組みも開始されているから、地方分権を強硬に進めなくても施策はやれるんですよね。。

それにしても教育関係者を擁護する政治勢力ってほんっとにないですよね。政治勢力がない替わりに利益団体による陳情攻撃・・自民も民主もどちらも選べないところがイタイところ。

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『最後の授業』

授業で普仏戦争をやったときに生徒に話しました。ご紹介。


フランスとプロイセン(ドイツ)にはさまれたアルザス地方がこの作品の舞台である。時は1872年。普仏戦争の結果フランスが破れ、それまでフランスの領土であったアルザス・ロレーヌ地方がプロイセンに割譲された時の話である。

――――

アルザス地方に住むフランツ少年は、学校に遅刻してしまい、アメル先生に鞭で叩かれるのでは、と心配したが、先生は何時になく優しく着席を促した。今日は教室に元村長をはじめ多くの大人たちが集まっている。アメル先生は生徒と教室に集まった大人たちに向かって、自分が授業をするのはこれが最後だと言う。普仏戦争でフランスが負けたため、アルザスはプロイセン王国(1871年からドイツ帝国)領エルザスになって、ドイツ語しか教えてはいけないことになり、アメル先生もこの学校を辞めなければならない。これがフランス語の最後の授業だと語り、生徒も大人も授業に熱心に耳を傾ける。やがて終業の時が来て、アメル先生は「ある民族が奴隸となっても、その国語を保っている限りはその牢獄の鍵を握っているようなものだから」とフランス語の優秀さを生徒に語り、黒板に「Vive La France!」(フランス万歳!)と書いて最後の授業を終える。

*****

以上があらすじです。

この物語は、ドイツに対するフランスの「臥薪嘗胆」の物語として感銘を受ける作品ではありますが、作品たるもの、やはり作者の意図なり作為が入り込む部分がやはりあって、このあたりの歴史を丹念に見てみるとどうも実情は違うとか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%80%E5%BE%8C%E3%81%AE%E6%8E%88%E6%A5%AD(wiki)

ちなみにいま、アルザス・ロレーヌはフランス領ですね。第一次世界大戦でフランスがドイツに勝利したときにこれらの土地を獲得しています。ここらへんはおいしいブドウが獲れるんですよね。ぜひ行ってみたいもんです^^

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