April 29, 2006

山谷と吉原。

月曜日に大学のバイト、火曜日は教職の授業があって、GWに入ったという感覚がまるでないっすね^^

今日はわけあって南千住の駅から歩いて10分くらい、東京一のドヤ街・山谷(さんや)と、日本一の風俗街・吉原(よしわら)を歩いてきました。東京にも、こんなドヤ街が残ってんやなぁ、という山谷と、江戸時代の遊郭がよくもここまでソープランドになったもんだ、という吉原。

いろんな勧誘の方に声をかけられましたが、こちらは「見てるだけ」やからねぇ。。
戦前の話になりますが、文豪・永井荷風が戦争そっちのけでこの場所で女性と遊んでたそうですね。
(津川正彦主演映画『墨東忌憚』)

ちなみにここまで来ると、浅草まですぐ。こちらはすごい観光客。

東京の下町も、光と影があるなーと思いました。

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March 16, 2006

新今宮・天橋立をアップしました。

まるで合宿所のような1泊2000円の宿で一晩過ごし、前日入れなかった風呂に朝7時に入って身支度を整え、プラス200円の朝食は隣の喫茶店でトースト2枚、コーヒー1杯、ゆで卵1個で、早々に平らげ宿をあとにしました。ここからはまずこの界隈を探索してみます。

・・とその前にこの街についての予備知識を。

このあたりは行政区画的に「大阪市西成区」という場所になります。「西成区」は全国的にも日雇い労働者が多く居住する街として広く認知され、関西最大のいわゆる貧民街であるあいりん地区がある場所です。この場所はかつて釜ヶ崎と呼ばれ、戦後、警官がひき逃げされたこの街に住む住人の手当てを放置した(とされた)ことから大暴動が起こったこともある、いわくつきの場所。東京でも鶯谷に程近い山谷(さんや)という貧民街で同様な暴動が起こったことがあります。

・・・続きは旅ブログHeinrich's drumbag)にて。

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February 20, 2006

敦賀・長浜編アップしました

長浜から北に向けて北陸本線で出発、目指すは福井県の真ん中に位置し、若狭湾の東側の入口にあたる敦賀です。

長浜から国鉄時代から残っているであろう、角ばった電車(正確にはディーゼルだから列車)でゴー。写真は車内の風景です。北国を走る列車の車内らしくカメラも曇り気味です^^・・

(続きは 旅ブログ・Heinrich's drumbag へ)

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January 19, 2006

関西巡り。

今日の朝5時前に、ムーンライトながらで戻ってきました。
旅して私のやる気も充電完了です。
これで今年の冬も乗り切れそうやわ^^

さて、改めて行ってきたところをたどると、こんな感じ。

1日目
(ながら号)大垣→米原→敦賀→宮津・天橋立→福知山→尼崎→神戸元町・三宮→大阪(駅名だと新今宮、西成区)

2日目
大阪(新今宮)→和歌山→関西空港→大阪→芦屋→長岡京→名古屋→ながら号で早朝東京着。

地理に詳しくないと大都市以外は皆目検討もつかないかもしれませんが、ま、この日記を読んでくださるお方なら(きっと)そのへんは大丈夫やもんね。一人で行くとまあ話ができずにさびしいところもありますが、その分いろんなところを回ることができて大満足です。

詳細なレポはわたくしめの旅ブログ(http://blog.livedoor.jp/heinrich1125/)で順次紹介したいなと思っていますが、かいつまんで各地のコメントを。

○天橋立(あまのはしだて)

宮城の松島、広島の宮島と並んで日本を代表する風景のひとつ、天橋立。多くの和歌が読まれる非常に風光明媚な場所なので楽しみにしていました。が・・なぜか激しい雨に襲われる。日ごろの行いが悪いせいか。うーみゅ。

天橋立は湖の対岸まで一本道を敷いたかのような場所でその一本道は松原になっています。この湖の近くにはこの天橋立を高いところから見下ろせる遊園地のようなビュースポットがあり、恒例の「股のぞき」ができる場所があります。スキー場でもないのに(傘をさしながら)リフトに乗り、せっかくやし恥ずかしさをしのんで一人で股のぞきやってきましたよ。きゃっ、恥ずかしいっ☆ 天橋立が空に向かって伸びていくように見えたような見えなかったような・・

たまたまちょっとだけ雲が切れてくれたのがよかったです。

○大阪(新今宮・西成区)

1泊2000円の宿、実は数年前の学生時代(あ、今もそうか)に一度泊まったことがあり、2度目の宿泊です。まあ部屋が「合宿所」のように小さく(ベッド+テレビで部屋の8割を占める)、隣からもなんか音漏れするし、当然風呂は共同で男性は19時から21時まで入浴時間だけどチェックイン時点で21時回ってて入れなかったり(朝7時に入ったけどね)、なんというか、普段ホテルでやろうと思えば気にせずできることに枷をはめられてこのお値段、という感じでした。まあ女の子も泊まれるみたいだけど(風呂の時間も男性と区切られているし)、ほんとに安宿で構わない、というたくましいお方なら大丈夫でしょう。ま、わたしゃあまり気にならんけどね^^

えー、この新今宮という場所、南を向いて駅の左手に「通天閣」がそびえ立ち、手前に目を移すと、梅田のビルの屋上の観覧車よろしく、ビルの中をジェットコースターが走り抜ける、思わず絶句してしまうような建物もあります。ま、それはいいとして。

駅の右手側。ここには日本最大の日雇い労働者の街、むかしは釜ヶ崎といわれた「あいりん地区」があり、横浜の黄金町が壊滅していま、これまた日本最大の風俗街(といか裏風俗・売春地区やな)の「飛田新地」があります。私の泊まったのはこっち側のほんの入口にあたるところ。はっきりいって初めて行くと、特殊な雰囲気が感じられると思います。

詳細なレポは自分のブログに書きますが、普段我々が生きている生活の雰囲気とはちょっと違う、独特の「匂い」がそこにはありました。かたや六本木で「ヒルズ族」がいるなか、かたやその日の仕事を求めて、それにあぶれると一日外に出て同じ境遇の者とダベるだけという人もいる、そんな現実を目の当たりにした感じです。

個人的にはどこよりも記憶に残りました。

○芦屋

一転して、西日本有数の高級住宅街へ。JR大阪駅から山陽本線(神戸線)の新快速でぴゅうっとひとっ走り。10分ほどで到着です。新快速の速さに脱帽。これなら私鉄にも勝てるわ^^

#神戸のあたりは北の山側から阪急、JR、阪神が並行して走ってます。ときに殺人的に離れていたり、逆にかなり近かったり。(ザ・マメ知識)

JR芦屋駅から北の山側に歩き、阪急の芦屋川駅を海側に下り、阪神の芦屋駅に抜けて街並みを歩きました。芦屋川に沿って海側に向かう道はほんとに大きな邸宅が並び、なかには「黒塗り」のほんとに大邸宅で正面玄関もものすごく立派、いったい誰が住んでるんだろう・・?と思って表札を見たら「○口」という名前が。某有名暴力団と同じ!?

表札見るまで写真とってたわたしとしては一瞬「戦慄」が走りましたが、関西出身の友人に確認したところ、即レスで「違う」ことが判明し一安心。きっと「花より男子」の道明寺くんはこういう邸宅に住んでいるんだろうと、改めて思った次第でございます。

帰り際に、庶民派の芦屋ラーメン600円を食べましたとさ。

○名古屋

もはや「ながら号」には何度乗っているかわからず、鈍行で名古屋に着いてももはや感動も起きなくなっているのがちょっと嫌なのですが、夜の歓楽街へ繰り出してみました。
「かつや」で地域限定商品の味噌カツを食す。
名古屋は栄が有名ですが、栄の中でも「錦町」が夜の街。
ドラムバッグを抱え、時刻表をそのポケットにはさみこんでいる旅人ルックなのですが、どこに帰るかも言ってないのに「お兄さん、東京帰る前に最後に一花咲かせましょうよ!」というキャッチには、若干私の心の琴線がチャラチャラリンと音を立てました(ウソ^^)

とにかく、さすがにでかいね、名古屋。

・・以上長くなりましたが、続きはブログで^^

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December 26, 2005

那須と会津と琴平と。

みなさん、クリスマスはどうお過ごしですか?
昨日、東京ミレナリオを見てきました。 今年で最後だそうです。
キレイですが、めちゃくちゃ混んでます。見たらイルミネーション入口まで2時間マチでしたね。
彼氏・彼女と待ち時間まで楽しみたい方、偉く待つけど話出したらとまらない方、ぜひ見てきてくだされ★

旅ブログを少し更新しました。
先日行ってきた那須会津(下郷)をアップし、また昨年9月にいった四国編を琴平板東とアップしています。その後は鳴門室戸安芸と順次更新していきますので、このブログを見られた方、どうぞお立ち寄りくださいませ。

Heinrich`s drumbag

#どの写真をアップしようかを考えるだけでえらい時間がかかりますね・・^^

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December 08, 2005

いざ中国山地。

昨日は1限から6限まですべて授業という日。 すでに4限の「教育行財政学」の時点で目が自然と閉じてて、意識もすぅーっと引いておりました。もう6限目は根性でしたね^^  

しかしなぜ教職・社会はこんなに大変なのだ(涙) 中学校社会、高校地歴・公民を学部時代にすべて取った同期の院生諸君に尊敬です。授業後に、お気に入りの飯田橋ドトールで甘いココアを飲んで脳に栄養補給し、どうにか意識を取り戻しましたが。

・・こんな毎日が後期に入ってからずっと続いています。となるとうずいてくるのが旅の虫。はあ、東京を脱して旅に出たい。京都の古い街並みとか山陽本線の須磨あたりで突然あらわれるあの瀬戸内海とか、そして姫路~岡山間の何もないあの田舎の風景とか、広島のいろんなものがごちゃまぜになっているあの感じとか。

ナツヤスミに(鈍行で)博多・佐世保・長崎と行ってきましたが、今回はそんなに日も取れないので、関西、とくに今まで行ったことのない中国山地に行ってみようかなと思っています。もちろん青春18きっぷを使っての鈍行にて。学生らしいっしょ? 実は沖縄を含め、全県すでに回っているので、あとは独身のいまだからこそ回れるレアな場所をまわりたい、というわけで今回はあまりメジャーではない中国山地をまわりたいなぁと思っています。

ルートとしてはこんなところを考えています。

姫路-(姫新線)-津山-(姫新線)-新見-(芸備線)-三次-(芸備線)-広島-(呉線)-呉-(呉線)-竹原-(呉線)-三原-(山陽本線)-大阪-(東海道本線)-大垣 ⇒ムーンライトながらで帰京

今回は姫路から北に向けて出ている姫新線(きしんせん)に乗って、B`zの稲葉さんの故郷・津山へ、さらに新見へ。そして芸備線に乗ってさらに中国山地を西に進み三次(みよし)を通って広島へ。そして広島風お好み焼きを堪能したら呉線で南に下って呉で『海猿』の舞台を見てまわり、そして最近オープンした大和ミュージアムを見て、そのまま東に出て古風な街並みが残る竹原で下車、そして三原に出て山陽本線・神戸線で大阪に出て夜ちょっと遊ぶ。そして琵琶湖を北上し大垣からムーンライトながらで帰る、と。

ま、姫路からでなく京都から山陰本線に乗って鳥取に抜ける間にまだ行ったことのない有名な餘部(あまるべ)鉄橋を通りたい、というのもあり、鳥取側から因美線で津山に抜けてもええかなぁと。

#餘部鉄橋はイメージ的には『銀河鉄道999』で宇宙に向けて線路がくぅ~と高く伸びているところを想像するとそれに近く、電車旅が好きな人の間では非常に有名なのです。

これをご覧になっている方、これらのルートで「ここがよかった!」という街があったら教えてくだされ!関西出身でないため、そっちの情報は疎いのです。どうぞ宜しくお願いします。

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October 31, 2005

島原半島~佐賀・門司港編

原城、島原半島西海岸、佐賀、門司港をアップしました。

旅行記はぜひこちらへ・・  Heinrich's drumbag

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September 06, 2005

長崎訪問記

(以下、文中より引用)

JR佐世保駅からシーサイドライナーにて約1時間半で大村線の終点・諫早に到着し、そのまま電車は長崎本線に入って約30分、終点・長崎に到着します。今回は長崎の一つ手前の浦上から夜の長崎市街に繰り出すことにしました。

長崎は鎖国時代の唯一の公式貿易港として、また広島に続く原爆の第二の被爆地として有名であるのはもはや言わずもがなです。むかし、高校一年生のときに修学旅行で来てから10数年ぶりの訪問。そのときには長崎の主な観光地・見どころ(平和記念像・原爆資料館・浦上天主堂・グラバー邸・大浦天主堂など)は見てまわりました。今回は高校時代には見られなかった夜の風景や街をまわってみます。

(続きはこちらで。コメント等もぜひぜひこちらにお寄せください!)

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September 02, 2005

佐世保訪問記

(文中より抜粋)

この道をまっすぐ進み、目指すは佐世保名物・佐世保バーガー。500マイルさんから教えてもらった人気店・ヒカリに向かいます。このとき時間は16時半頃。ちょっと中途半端な時間だから人気店でもすぐに買えるかなと思っていたら、この時間でも私の前には5人ほど並んでます^^遠くから買いに来たのか路駐の車が並んでました。メニューはだいたい300円台ですね。さっそく注文し、その待ち時間の間にお店をパチリ。そして15分後・・

sasebo06

ついにできました。ジャンボチキンスペシャルバーガー500円。近くの川べりに移動し、その包みを開けると・・・ってデカイ!片手に収まりきれないくらいの大きさ・・!そして写真のように片手でどうにか上下をつかんでクチに運ぶと・・

(続きはこちらです)

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August 27, 2005

はるばる最西端・平戸へ

唐津の次に平戸を訪れました。平戸は本州本土から少し離れた島にあり、長崎の出島に移るまでオランダ商館が置かれた場所として有名ですね。(以下、続きをこちらにアップしました)

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August 26, 2005

Heinrich's drumbag

旅ブログを新規に立ち上げました。容量的に厳しくなってくることが予想されるので。

#当初、操作性のよいアメーバブログにて作ったのですが容量が20MBしかなく、写真のアップには向かないことを悟ったので容量が2GBのライブドアに替えました。

今後、旅関連はこちらに書きます。どうぞよろしく☆

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August 25, 2005

九州から帰京しました

台風がやってきていま私の部屋のガラス窓を雨が叩いていますが、本日早朝にようやく帰京しました。朝4時42分、東京着。5日間使える18きっぷのスタンプ欄がすべて埋まったのを見ると長い間旅したなぁという気にもなりますが、初日と最終日はほんとに一日電車に乗るだけで終わったので実質3日間、九州にいたことになります。博多から松浦半島、佐世保、長崎、島原、佐賀と、一筆書きして来ましたが、なかなか見ごたえのある風景や街並みを堪能することができてよかったですね。この内容については追って報告させていただこうと思います。というか書きたいネタも多いので容量的にも旅ブログを立てようかと思っています。(先にハコだけ作っちゃいました)

さて、地元までどうやって帰ろうか携帯サイトの「乗換案内」で検索したところ、旅の前には出てこなかった「つくばエクスプレス」でのルート案内の表示が!ついに開通だったなぁ。こちらも追ってこのブログに書きたいと思います。

また旅行している間に、政界も「国民新党」だけじゃなくて「新党日本」なんてのが立ち上がってますね。博多のホテルでちらっと見ましたが、ファーストインプレッションとしては石原にフラれて今度は田中康夫か、という感じでした。はたして今の彼につられて票をこの政党に入れる有権者がどれだけいるのか、かなり疑問です。あきらかに今度の選挙対策だけで政党がポンポンできていますが、それもよいかどうか。我々の税金で政党助成金が支払われるわけだし、やみくもに政党を作られたらそれこそ「税金泥棒」ですよね。

それでもやはり世論もそしてマスコミの大勢も自民党に流れているように思えます。(あくまで私の所感ですが)

ああ、眠い・・

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August 19, 2005

ぶらり18きっぷ・九州の旅

20日に夜行に乗って九州に行ってきます。4年ぶりの大型18きっぷ旅行。いい景色をたくさん撮って、おいしいもの食べてきます。

以下、旅行の予定。ぜひぜひいいところあったらコメントで教えてくだされ^^

(1)初日(一日電車移動日)

品川(ムーンライトながら91号)→大垣→(東海道線)→米原→(新快速)→姫路→(以下、延々と山陽本線)→下関、門司→(鹿児島本線)→博多(19時半到着予定)

・訪問予定地

①博多・・・夜の博多歓楽街で夜遊びかな^^

(2)2日目

博多(天神)→(市営地下鉄、筑肥線)→唐津→(筑肥線)→伊万里→(松浦鉄道)→たびら平戸口、平戸→(松浦鉄道)→佐世保→(大村線)→諫早→(長崎本線)→長崎(19時半頃到着)

・訪問予定地

①博多・・・百道浜(ももちはま)・ホークスタウンなど、朝の博多近郊および椎名林檎ゆかりの地をなんとなく散策(♪百道浜も君も室見川もない~『正しい街』)
②唐津・・・虹ノ松原という名所があるそうな。唐津の古風な街並みを散策
③伊万里・・・焼き物の街。その焼き物の街独特の風景を見てきます。
④平戸・・・オランダ商館後など出島に移動する前の異国文化の名残を堪能
⑤佐世保・・・軍港の街並みと、ジャパネットたかた本社と、佐世保バーガー。定番のヒカリには必ず立ち寄ってくるよ。(←500マイルさん、ダンケです)
⑥長崎・・・本州一異文化な街。高校1年修学旅行以来の11年ぶりの訪問。やっぱり夜の歓楽街(思案橋・丸山)に行っちゃいますか!?福山雅治の実家もこっそり見てくる予定。あとトルコライス!(←ROGER殿、ダンケ)

(3)3日目

長崎→(長崎本線)→諫早→(島原鉄道)→島原→(島原鉄道)→原城址→(島原鉄道)→加津佐→(島鉄バス)→諫早→(長崎本線)→佐賀→(長崎本線)→鳥栖→(鹿児島本線)→博多(21時頃到着)

・訪問予定地

①諫早・・・目立たない街ですが、長崎県の交通の要衝。長崎の人は「諫早に行ってくる」というとニヤッとするくらい「大人の夜の遊び場」として有名らしい。でも到着は『タッチ』再放送時間帯なので、素直に島原鉄道に乗って南下します。
②島原・・・島原半島一の街。武家屋敷など九州らしい武家の街並みを見てきます。
③原城址・・・島原半島南部にある、天草四郎時貞が篭城した原城。いまや廃墟のみですが、来年は教育実習もあり授業にひきつけるネタにもなるから行ってみるべさ。
④加津佐・・・島原鉄道の終着駅。想像以上に時間かかります。
⑤佐賀・・・有明海から続く水路が街中に流れる「水の都」。タモリが「通りすがりの県」と評する佐賀県庁所在地を散策。大隈重信候の実家もお城のそばにありますね。
⑥博多・・・翌日の予定的に博多まで出ないと厳しいことがわかり、2度目の宿泊。

(4)4日目

博多→(鹿児島本線)→門司港→(鹿児島本線)→小倉→(鹿児島本線)→下関→(以下、延々と山陽本線)→姫路→(新快速)→尼崎※→(新快速)→米原→(東海道線)→大垣(23時過ぎ到着)

・訪問予定地

①門司港・・・レトロな街並みを散策。実は4年前に訪問するも激しい雨で撤退。リベンジ!
②小倉・・・時間があったら小倉城、森鴎外旧宅、松本清張記念館に寄りたいです。
③尼崎、塚口間福知山線・・・事故現場をこの目で見てきます。

以上、予定はこんな感じです。行ってきます!

あと電車旅が好きな方へ。時刻表見て予定立てているときに気になったのですが、この数年で長距離(例:広島発下関行など)が少なくなったと思いませんか?中途半端に区間運転ばかりになってこまめに乗り換えしなきゃなりません。今まであった「広島発下関行き」はもはやなく、徳山・新山口などでこまめに乗り換えないといけない。函館~札幌間のミッドナイトももう数年前に無くなっちゃったし。18きっぷユーザには辛い時代ですねぇ・・

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June 21, 2005

そうだ、郡上八幡に行こう。

旅Blogに移動しました。こちらをどうぞご参照ください。

Heinrich´s drumbag

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May 30, 2005

ぶらり九州の旅。

このところ大学やその周辺のドトールに閉じこもって文献を読んでいるためか、芭蕉のごとく「片雲の風にさそはれて、漂泊のおもひやまず」どうかして旅に出たいなぁと考えております。学部時代のように18きっぷで各駅停車の旅。ひさびさなので本当に楽しみ。

今回はせっかく気兼ねなく休みがとれるので九州に行ってきます。普段東京にいるため本州最西端の地はなかなか行きづらいところもありますし。今回は北九州から長崎にかけての九州の北半分。途中、広島の呉や、脱線事故の現場にも立ち寄ろうと思っています。

具体的に行きたい都市や街はここ。

①門司港

レトロな駅舎とその街並み。一度立ち寄りましたが激しい雨が降ってもうて大変でした。リベンジの再訪問。

②博多・福岡

九州最大の都市であることは言わずもがな。なんで福岡市なのに駅は博多なの?という疑問を常々持っていましたが、那珂川を境に右岸が商人の自治の街・博多で、左岸が武家の街・福岡ってことからきているそうです。高校一年の修学旅行のときに最後に立ち寄ったところ。天神でラーメンを食べて駅の地下でデパートで買い物をしましたが、その2箇所の記憶しかありません。今回はキャナルシティや中洲などの歓楽街はもちろん、♪百道浜(ももちはま)も君も室見川もないあいあい~ という椎名林檎の歌詞に描かれている場所も見てきます。夜は中洲で一杯♪ですね。

③唐津

虹ノ松原という名所があります。福岡の西にある町です。福岡から地下鉄に乗ってそのままJR筑肥線になり、その終点(正確には西唐津)にあたります。

④有田・伊万里

焼き物の町。沖縄のヤチムンの里みたいな感じなのでしょうか。昔ながらの風情あるところを見てきます。

⑤平戸

オランダ商館といえば長崎が有名ですが、長崎に移る前にオランダ商館が最初に置かれた場所。松浦鉄道の「たびら平戸口」駅下車で大きな橋を渡って島に渡るそうな。ちなみに、この駅は日本最西端の駅。

⑥佐世保

日本有数の軍港として有名。日露戦争のとき、バルチック艦隊と戦った日本海海戦でも、最前線の軍港として機能した歴史的な場所。近年ではあの高田社長のいる「ジャパネットたかた」の本社があることで有名?でしょうか。

⑦島原半島

島原電鉄が半島の上に位置する諫早から時計回りに、半島の外周をなめるように走っています。島原の乱で有名な原城・島原城を見てきます。しかし島原鉄道って本当にゆっくりしてそうだ^^

⑧長崎

いわずと知れた「鎖国」時代唯一外国に開かれた場所。最近の歴史研究で、鎖国という言葉は正確に状況を表す言葉ではないことがわかってくるなど学問の上ではタイムリーな場所でもあります。実は修学旅行のときに行きましたが、友人にひっぱられ、見たいところが見れてないということもありもう一度訪問。

高校時代には女子高生からのあまりの人気ぶりにバスが遅れ、「交通渋滞が起きていた」という福山雅治の実家が新名所になっているとかなってないとか(笑)個人的には大変思い出深い、大好きな街です。非常に楽しみ。

⑨佐賀

はなわの歌でブレイクした?佐賀ですが、有明海に面し、水路を街に張り巡らせた「水の都」です。かつては薩長土肥の「肥前藩」の城下町として栄えたこの場所。最近読んだ司馬遼太郎の本によれば、幕末期には全国に先駆けて科学技術を西洋から導入し、そこで作ったアームストロング砲は薩摩や長州をもってしても作ることができなかった代物であり、戊辰戦争のとき上野の彰義隊攻略の際に抜群の威力を発揮したそうな。あと、大隈重信の実家が佐賀城のそばにあります。

そんな城下町ですが、近年は九州一の幹線・鹿児島本線の停車駅である東の鳥栖(とす)市が新興住宅街として栄え、佐賀の人口はますますそちらに流れているようです。タモリが実は佐賀県出身で、佐賀を「通りすがりの県」なんていってました。「何もないから」。衰退を余儀なくされる城下町を見てきます。

⑩秋月

筑前の小京都と言われる、静かでキレイな街。明治維新期に「秋月の乱」で表舞台に出てきたこともある場所です。

その他、せっかくだから本州に渡って小野田から小野田線に乗って「宇部セメント」で有名な宇部の中心街である「宇部新川」に出たり、呉に出て軍港とその街並みを見てきたりと、いろいろ考えてます。安く、一筆書きをするように効率よく、そしてあまり無理をしないご利用方法を目下プランニング中。点と点をつなぐっていうのは大変ですがほんとに面白いんですよね。

上に挙げた街についてここがいいとかあったらぜひ教えたってください!

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April 05, 2005

沖縄ノート(その3・沖縄都市編)

その3として沖縄の各都市・街について訪問時の感想などコメントします。

(1)那覇空港(Naha-airport) -いざ南国・沖縄へ。
(2)那覇市内(Naha-city) -沖縄・琉球の「首都」を臨む。
(3)糸満・豊見城(Itoman・Tomigusuku) -戦争跡を歩く。
(4)北谷・読谷(Chatan・Yomitan) -エメラルドグリーンの海、リゾートの街。
(5)名護(Nago) -オリオンビールのおひざもと。
(6)国頭村(Kunisaki) -「やんばる」はまるでジャングル。
(7)金武(Kin) -キャンプ・ハンセン、タコライス。
(8)コザ(Okinawa-city) - アメリカンストリートを歩く。

それでは順番に・・

続きはこちらに移動しました。ご拝読ください!

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April 01, 2005

沖縄ノート(その2・世界遺産グスク編)

こちらに移動しました。ご拝読ください。

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March 30, 2005

沖縄ノート(その1・沖縄概要編)

3月21日から25日まで沖縄に行ってきました。
普段東京にいる人間にとって沖縄は近くて遠い場所で、交通手段は東京から行く場合、ほとんど羽田から飛行機に限られます。このため旅行するにしてもそこそこお金もかかり、学生時代ではなかなか行くことができませんでした。
このたび自身の環境が変わることもあり、記念としていろいろ見てきました。これから何回かにわたって沖縄について独断的に述べさせていただきます。

その1では沖縄全体の概要について。

・・続きはこちらに移動しました。ご拝読ください!

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March 25, 2005

進学につき退職します

18日に勤めていた会社を退社しました。
大学を卒業してから3年間。終わってみると、長かったような短かったような、そんな感じです。すぐにこれまでの反省や今後の所信表明みたいなものを書きたかったのですが、まず先に心身ともにリフレッシュしたく、海を越えて沖縄に来ております。滞在一週間。月曜日からいたので金曜日である本日が滞在最終日。いま沖縄本島の中部にある沖縄市におり、昼過ぎに那覇空港に向かい帰路に着きます。この時期、気温は18度。半袖に薄いカッターシャツでかなり暖かいです。歴史や文化遺産、白いビーチとエメラルドグリーンの海。沖縄の魅力に触れ、それこそ「その日暮らし」だった東京での日々でやさぐれた心もほぐれてきたところで、これまでの3年間を振り返りたいと思います。

まず、就職は結婚と似ていると言われます。おそらく、会社に求婚してそれが認められて一緒(=入社)になれば、社員は「奥さん」である会社のために一生懸命成果を挙げ、会社は夫である社員を給料や福利厚生などで庇護し守っていく。そうすることで双方とも一生離れることなく添い遂げるという、これまでの日本の企業文化がこの言葉に表れているのだと思います。さらに一世代前は大手企業であれば複数の部署に異動してローテーションを行い、いわば奥さんの全人格的な部分を理解したうえで夫の役割を果たすという制度的な後押しもありました。またローテーションはなくても、別の部署の仕事を理解するということで、数年間にわたってメインとなる部署を持ちながら他部署で実習するという形態もあります。メーカー勤務である私の父は工場実習やSE実習(当時はSEとは言わなかったようですが)をそれぞれ一定期間経た上でメインの部署である営業で、その後のキャリアを築いていったようです。

私も当初は就職イコール結婚というイメージを持っていました。が、3年間働いてみて、もはやそうは思いません。まず、自分は「奥さん」の人格を果たして知っているのか?というところに疑問を感じています。うちの会社はベンチャーではなく極めて旧来のシステムが残っている日本的な企業ですが、もはや社内に全体を把握させるようなOJTなどはありません。私の場合一つの営業という部署だけに特化し、他の部署が何をしているのかは自分の仕事を通じて一部分しか垣間見ることができなくなりました。人格的ではなく極めて機能的なつながりです。アメリカ企業が強いのは、後者を強く推し進めてきたことに起因するようですが、その結果会社に愛着をほとんど感じずにより良い待遇を求めて他の会社に移っていくのはもはや周知のことでしょう。そこには個人が求めるものが例えばお金であれば給与の面で厚遇してくれる企業にいくだろうし、給与よりもいまの会社の方がよりやりたいことを社会的に影響力をもってやれるとかより楽しんでやれるとか個人的な意思を強く働かせることができる文化が根をおろしているからです。この意味で、日本的な視点で言えばもはや「奥さん」ではなく経験を学ぶ「学校」に近い感覚になるのでしょうか。
経済状況が企業文化とそこで働く社員の意識の変化につながっていくことはまず背景としておさえておくべきです。

さて、本題。今回退職に至ったのは「10年後もこの会社で働きたくない」とひとえに思ったからです。まず自分がやりたいことと違ってしまっていること。本当にやりたいのはこんな仕事だったか?とこの一年半ずっと考えていました。いまは研究所の研究者にサーバやワークステーションを販売するのが仕事ですが、まず技術的な話ができなければ仕事が出来ず、研究者への話ができるSEを連れて行かなければならない。これではだめだと自分で学ぼうと努力するもやはりそもそもの関心や熱意がなく続かない。それをたぎらせるような環境もない。10年後の自分の姿にたとえば同じ部にいる10年目の先輩を見てもああなりたいとも思えなくなっていました。この1年間やりがいをまったく感じないまま日が変わるまで残業を続けていたためか、精神的な薬を飲まないとやっていけなくなり、結果入社してから15キロ増という激太りをしてしまいました。

こうした状況で一年前ほどから、もう一度原点に返り、自分はどういう仕事に就いてどういうキャリアを積みたいのかを考えてきました。いや考えなくても答えは出ていた、というのが正確でしょうか。就活でも言い続けましたが、やはり「教育に携わる仕事」をしたいという意思を自分で再確認したわけです。例えばマスコミなら教育を外から批判するのも、メーカなら学生や教職員が日常のインフラとして使用するシステムを導入するでもいい。コンピュータとその営業には感じなかった私の熱意とか信念はここにある。そして、自ら動かなければ今の自分の置かれている状況は変わらない。そう思い、次の道に進むべく動き出したわけです。

まず転職の可能性を模索することにしました。いまの自分の力でどういう企業にいけるのかというところを転職斡旋企業(リクルート・エイブリック)に相談し、可能であれば教育政策や教育の成果を測るというようなシンクタンク系に転職したいと伝えました。最初に言われたのは「3年間の在籍はキャリアとしてはあまり参考にされない」、そして「学歴は問題ないので採る側はポテンシャルはあるものとして捉えられる」ということ。そして「同業他社なら間違いなく転職できるが、専門的な教育分野に限るとこれまでの仕事あるいは学歴も含めて何も関係していないので、採る側もあなたの能力に対して測る目安がない」ということでした。それはその通りだなと、であれば自分が何らかの教育的キャリアを積まなければ将来的にその方面の企業には就職できないと、プロの視点から見てもらったわけです。

専門的な教育系の勉強、および将来的に教員になるというのも選択肢に入れたく実習だけ残して卒業した教職免許を取る、その両方を実現できる機関と言えば・・・。

そこで大学院への進学を決めました。

一度決めてしまってからは、あとは邁進するのみ。行き帰りの電車内では何年ぶりか本棚から引き出した「速読英単語」、桐原の「英頻」をスーツ姿で読み返し、深夜や休日には専門科目として出る論述への対策で、教育学の解説書を読みペスタロッチやルソー、ピアジェなどの学者の学説を勉強し、教育用語集から最近頻出のチャータースクール、脳の機能障害が原因と言われる自閉症やLD、ADHDなどの諸症状について、および体制的にどう対応しなけばならないか等々の勉強を約半年間続けました。
そこで10月上旬にどうにか母校の教育学研究科に合格し、道を切り開いた次第です。

ちょうどその頃は官公庁系で大きな商談の入札案件があり、その後も導入で機器手配や人員調整などでなかなか自分について振り返る時間がなく、ここまで引き伸ばしになってしまいました。スミマセン。

自分を擁護する意味ではないですが、いまの時代そしてこれからの社会も自分の居場所を求めて転職することに周囲はもう驚かなくなる文化になっていくと思われます。もちろん私自身は会社を辞めることには大変否定的で、可能なら会社の中にやりたいことを見つけていくように自分をもっていけることがベストだと思います。私はそれができなかった。古い考え方かもしれませんが、私は男なので将来家庭をもったときにやはり自分がメシを食わせていかなければならないと思っています。だから現状ではそれほど不満のない給与・待遇を蹴って無収入になることに大変な不安はあります。でもそれ以上に自分が納得できる仕事ができなければ自分も将来的な家族も含めて一生が台無しになると思ってます。しっかり考えてまた社会に出ていくつもりです。

またよろしくお付き合いください。


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February 13, 2005

足利市で日本最古の学校を見る

下記に移動しました。こちらをご参照ください。

Heinrich´s drumbag

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January 30, 2005

栃木市の川沿いで蔵を見る

下記に移動しました。こちらをご参照ください。

Heinrich´s drumbag

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プーケット・レポ。

今日はスマトラ沖地震で津波の被害が大きかったプーケットに当日滞在していた私の友人からのメールを紹介します。彼女はマレーシアのクアラルンプールの学校で教師をやっている方で、当日はたまたま遊びに来てたとか。災害後もらったメールを読んだ後の感想は、急死に一生を得る、というのはまさにこのことなんだと思いました。

紹介はこんなところで留めて、以下、引用します。


 
GO TO THE HILL!! HURRY UP!!

わけもわからず、丘の上に走って登りました。
ビーチから丘はすぐそこですが、走っている途中、 膝丈まで水が
上がって来た時は、本当に怖かったです。

プーケット滞在3日目。Khai島一日ツアーに来ていた私たちです。

10時ごろspeed boatで、島に到着し、シュノーケリングを楽しんで
いました。水がとてもきれいで、ビーチのすぐそばでいろいろな魚
が泳ぎ、人魚になった気分で(!)魚と泳いでいました。
3・40分たち、ちょっと疲れた私は、ビーチで休憩。
夏目漱石の「こころ」を読みながらのんびりと。。。

しばらくすると、beach boyが回ってきて、ちょっと高い波が来そう
だから海に入らないで、ここで休んでくれ、とのこと。まだシュノー
ケリングを 楽しんでいた人たちも、一度ビーチに上がらされました。

でも、まだふーんと、海と空の青さに感動していた私たち。

1・2分後、beach boy たちがタイ語で何か叫びながら、走って
speed boat のほうへ。遊んでいるのかと思ったら、boatを避難させ
つつ、私たちにも荷物持って急いで丘にあがれ、とのこと。
何?何?何?と思いながら丘の上へ。
「BIG WAVE COMING!!」の声を聞いたときは冗談かと 思いま
したが、冒頭に書いたように、膝丈まで水が迫ってきた時は一瞬
血の気が引き、どきどきしました。

少しでも早く、上へ、上へ。
丘といっても、いわゆる丘、ではなくて、岩場に木が茂っているよう
なもの。水着のままの私たちは、足や腕にかすり傷をつけ(この
程度ですんだからいいのですが・・・)必死に上まで上りました。

上から下を見ると、本当に大きな波が来ており、さっきまで座って
本を読んでいたビーチサイドの椅子がすごい勢いで流されていき
ます。 シュノーケリングを楽しんでいた海に渦ができていろんな
ものが巻き込まれています。

あの水がここまで上がってきたらどうするんだろう。
死んだらどうなるの??

何度か大きい波が来て、そのたびにいろいろなものが流されるの
を見て、ドキドキしていました。

30分?1時間?そうやって、丘の上にいた私たちですが、落ち着
いたから急いで戻るとのこと。本当は、もう一つ、別の島でシュノ
ーケリングを楽しんでからランチタイムのはずだった私たちですが、
そんなことはもちろんできず、プーケットへ戻りました。

プーケットへ戻っても、港からtownに戻るバスはなかなか来ません。

待っている間にいろいろな情報が入ってきます。
私たちが泊まっていたホテルのあるBaton Beach地区は大変な被
害でBeach沿いのホテルは3階まで波が来てたくさんの人が死ん
だり怪我をしているらしいとのこと。

townから迎えに来たバスもBaton Beachには戻れないからとりあえ
ず、Phuket Townに行き、お昼を食べろとのこと。港にいても食堂も
しまっており(というか、波が来て食堂の人はとっくに避難していた・
・・)食べるものもないので、Phuket Townへ移動しました。
そこでロシア人旅行者6人香港人カップル2人と私たち(日本人2人、
マレーシア人一人)で中華料理を食べました。(ちなみに、値段の
割りにあまりおいしくなかったです・・・)

食べているところへ、私たちのAGENTが迎えに来てくれ、Baton 
Beachには戻れないから、Phuket Townに今晩は泊まるよう言われ
ました。AGENTがすでにホテルを手配しており、ロシア人、香港人
とは別れてホテルへ行きました。
もちろん、荷物はその日朝までいたホテルに残したまま。私たちの
泊まっていたホテルは海沿いのホテルではなく、一本奥に入った
ところだったので、大丈夫だが海沿いのホテルの被害が大きく、
町は混乱し、道路も大渋滞で戻れないということです。

着替えも何もなかった私たちは、お風呂に入ったあとしばらく休んで
から、近くのスーパーでTシャツなどを買ってからご飯を食べました。
ホテルのテレビで映像が流れるたびに、「ここ、昨日行った・・・」
「ここ、おととい、見た・・・」

IF ~たら・れば ということは考えてはいけないと、よく言いますが、
今回 If something had changed, something different, I might be
killed by TSUNAMI.

IF その1・・・もし、この日、townでのんびりしていたら・・・
IFその2・・・もし、この日、PhiPhi島に行っていたら・・・
IFその3・・・もし、このとき、シュノーケリングを続けていたら・・・

IF~ は起こらなかったですが、無事に帰ってきたことを本当によか
ったと思っています。

IF~ の検証?は、後日また、番外編その2でしたいと思います。

お騒がせをしましたが、もう少し、 お付き合いください。

では。 

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January 29, 2005

沖縄旅行計画

3月でいま勤めている会社を退社します。
突然なんだよ?と言う感がありますが・・(笑)

これから学生という食い扶持のない、甲斐性のない生活に入るため、仕事はぎりぎり3月末までやる予定。んで、うちの会社は給料が20日締めなので、3月20日まで働くということでmy boss(部長)と調整しました。
#正確に言えば、3月20日は日曜なので18日までなんですけどね。
新卒で入って3年。長かったというかあっという間というか・・。
あとは財形の引き落としとか、自社持ち株の精算とか、保険の切り替えとか、退職金とか様々な手続きをやらないといけないですね。
もう、誰か代わりにやってけろーっ。
この退社にいたる経緯は後ほど詳しく書きますね。

そんなこんなで4月1日からの新生活に向けての気分の切り替えとリフレッシュも兼ねて、タイトルどおり沖縄旅行を計画しております!有名な国際通りや市場で琉球・南国リゾートを満喫したり、名護やコザで米軍基地の様子を生で見たり、首里城や南部地域で歴史や戦争の傷跡とか見てきちゃったりと、あれやこれや楽しみにしてます。

いま、下記の条件で旅行できるパック探しにおおわらわです。

 ・3泊4日
 ・沖縄本島/石垣島
 ・本島ではレンタカーが欲しい
 ・いまのところ1人
 ・羽田~那覇(成田でもOK)

電車旅も好きなので18きっぷで鹿児島まで出て船乗って沖縄に行くことも考えましたが、なんと鹿児島から那覇港まで所要24時間かかるそうな(笑)夜行乗ったら沖縄まで丸2日以上かかっちゃうわけで。飛行機ですな、やっぱり。

しかし飛行機ってのもかんなり久しぶり。
結局会社で飛行機使っての出張はやらなかったし、大学4年以来です。
生まれてはじめての海外旅行で9.11テロに巻き込まれ、そのうえ諸事件あってなかなか帰国できなかったすごくbitterなグアム旅行の思い出以来。しかし今度飛行機で行くとまた事件が起こったりするんやろうなぁってデジャブが見えます。

そんなわけで沖縄をどう回るか、いろいろ試行錯誤(trial and error)して検討中です。
行ったことある方、ここがイイとかあったら教えたってください!


追記)
いまテレビで日本vsカザフスタン戦やってます。
前半15分で日本が2点先制。あ、3点目入った(笑)
いつカザフスタンってUEFA所属になったんだろう?
つうか日本相手にこんなんじゃUEFAじゃ当分大きな国際大会出られへんねやろな~


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