「インストール」から考えてみる。
綿矢りさの『インストール』を読みました。上戸彩主演で映画化もされ、かねてより読みたかったこの作品。大学の図書館にはむろんなく、本屋で買うにはハードカバーでお値段がちょい高め、そんなところに最近文庫本として発刊されようやく、です。文庫本は文字も大きめ、134ページの短編的な作品です。主人公である17歳女子高生のイマドキの生き方や考え方を、三島のように仰々しくなく、どちらかというと太宰のように「さらり」と「しなやか」な言葉でつづった、そんな作品です。
いまや彼女は芥川賞という作家として最も華々しい賞を受賞した美人作家。まだ教育学部で学生をやっているようだし、もしかしたら大学で私と同じ授業も取っているかもしれません^^ま、人に読ませる文章力や表現力は、もちろん私なんぞとは「月とすっぽん」であり、私が「すっぽんぽん」になっても適わないことだけはたしかですな(笑)
さて前置きが毎度のごとく長いのですが^^、ここで作品の冒頭にある文章を取り上げます。
まだお酒も飲めない車も乗れない、ついでにセックスも体験していない処女の十七歳の心に巣食う、この何者にもなれないというかれた悟りは何だというのだろう。歌手になりたい訳じゃない作家になりたい訳じゃない、でも中学生の頃には確実に両手に握り締めることができていた私のあらゆる可能性の芽が、気づいたらごそっと減っていて、このまま小さくまとまった人生を送るのかもしれないと思うとどうにも苦しい。もう十七歳だと焦る気持ちと、まだ十七歳だと安心する気持ちが交差する。この苦しさを乗り越えるには。分かっている、必要なのは、もちろんこんなふうにゴミ捨て場へ逃げ出すのではなく、前進。人と同じ生活をしていたらキラリ光る感性がなくなっていくかもなんて、そんなの劣等生用の都合の良い迷信よ、学校に戻ってまたベル席守ることから始めなさい!光一口調で自分を叱ってみたが、しかし、やっぱり私は動けなかった。自分にはほとほと呆れ、仰向けになってさびれたコンクリートの四角の切れはしからのぞいている暮れかけの空を見上げる。
光一の言葉、時々母にも言われる言葉を思い出した。あんたにゃ人生の目標がないのよ。
巻末で作家の高橋源一郎が解説をしていますが、彼はこの箇所を取り上げ、思わず「完璧!」と赤でコメントを書いたそうな。「引用した文章を読んでもらいたい。句読点の打ち方も、書く文章の語尾も、もちろん中身も直すところがない。試しに、音読してみる。ほれぼれする。というか、ぞっとする。・・・」
・・なるほど。そういえば、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いの斉藤孝教授も『声に出して読みたい日本語』で太宰治の『走れメロス』を取り上げてまったく同じことを書いていました。「文章のリズムの躍動感・・」。そういうものがある種の有能な作家にはあるようです。まあこれを意識して、あえて先に太宰の名を挙げたんですけどね^^
さて、このような「文学的なよさ」も取り上げたいのですが、私は内容に関する部分でこの箇所を取り上げたいと思います。
この箇所は、今の高校生が何に悩んでいるか端的にまとめられてますね。「他人と同じ平凡な人生はヤダ、キラリとした人生を見つけたい」、そして「必要なのは、前進」「それはわかってる、でも・・」。うーん、私にもなんだか懐かしいなぁ・・と思うところもありますが、今の高校生のあせりは私の比じゃないんでしょうね。芥川龍之介ではないけど、自分だけのオリジナルの個性的な生き方ができるかどうかの、「将来に対する漠然とした不安」。マスコミもこぞって「個性」「個性」と押し上げる。だからこそ、もがく。不安になる。常に急かされる。・・だからムリに大人びて「子ども」が背伸びして問題を起こしているんじゃないか。心や精神が未熟なのに追い立てられてたら、そりゃ「非行」もしますわな。そう思うんです。中高生の問題は、よく「お上」(文科省とか中教審とか)が言うような「受験」のストレスなんかじゃあ、ない。このあたり、彼女は非常にうまくつづってるなぁという印象を私は持ちました。
結局今の世の中、「個性」が一人歩きして逆に子どもを追い込んでいるんじゃないか。世間はまだまだ『世界に一つだけの花』に聞き惚れているかもしれませんが、ちょっと距離を置いて考えれば、この歌ほど「個性」を日本人に煽り続ける「悪唄」も他にないかもしれません。そもそも「オンリーワン」なんて幻想でしょ?みんなもそれを知っていて、でもそれを認めずただ自分を慰めたいだけじゃないの?・・なんてかなり天邪鬼になってますが^^個人への「エール」も、行き過ぎればただの苦痛にしかならない。
教師というものを考えるにつけ、時代のトレンドだからといってあまり一緒になって「個性」とか「自分らしく」と盲目的に言うのははたしてどうかなぁ、と思った次第です。中高生なんてまだまだ子どもだし。急かさず落ち着いた環境を敷いてあげることも、年齢相応の発達には必要なんじゃないのか、と思っています。
・・個人的な希望として、綿矢りささんには今度、大学を出て就職して2・3年後、そこでふと立ち止まった青年の気持ち、なんてものを書いてもらいたいですね。そこには私なんぞではとても表現したくても表現しきれない、心の「ひだ」まで浮かび上がらせる言葉があらわれると確信しています。
とりあえず、この次は『蹴りたい背中』を読みたいですね^^


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