January 03, 2008

大切な人は友達くらいがいい

ある記事からの引用です。共感するところ多数。

http://news.livedoor.com/article/detail/3449845/

【PJ 2008年01月01日】- NHKの紅白歌合戦というテレビ番組は、何年つづいてきたのだろうか。大晦日(おおみそか)の夜は、これを見ることが長年の私のスタイルなのだが・・・。録画のセットをして、ワクワクしながら開始を待った、かつての、特別の日の、特別の番組という「高揚感」は、もはやほとんど消えうせてしまった。

 昔が懐かしい。いや、過去を振り返って今を嘆いてみせるなどというのは、まったく私のスタイルではない。時代のスタイルが、すっかり変化してしまったのだ。大晦日から元旦へ、という年の変わり目ということの「スペシャル」感が、どんどん薄れているし、そのときを家族が揃(そろ)って過ごすケースも減る一方だろう。

 ライブドアのアンケート調査でも、大晦日に「テレビを見ない」割合がもっとも多い。楽しみ方の多様化が、加速度的に進んでいる。1台のテレビを前に皆で同じ番組を楽しむよりも、それぞれがパソコンなどに向かって、自分好みの時を過ごす、そんな時代になった。

 紅白歌合戦という番組がもはや破たんせざるを得ない理由は、もうひとつある。女と男という「性別」対抗で、どちらが勝つか、ということで番組を盛り上げる、というスタイルこそが、完全に時代遅れなのだ。

 私の大好きな「恋におちて」という小林明子の歌をうたったのは、男性歌手の徳永英明だ。また、彼よりも、もっとも象徴的な存在は、中村 中(あたる)だ。22歳の「彼女」は、男の子だったのだが、性同一性障害を克服して、素晴らしい女性歌手として感動を与えてくれる。

 タイトルにあげた「大切な人はともだちくらいがいい」というフレーズは、「彼女」が15歳のときに、つまり、まだ「男子中学生」だったときに作った曲だという。「友達の詩」という。

 「手をつなぐくらいでいい」「並んで歩くくらいでいい」「それすらあやういから、大切な人が見えていれば上出来」

 「友達くらいが、ちょうどいい」という歌詞に、二つだけの性別の間で苦しむ少年の切々たる思いが溢(あふ)れている。世の中が、女と男という2種類で構成されている、という表向きの前提に拠(よ)って立つ番組構成は、平成19年で、おしまいにしませんか、NHKさん。

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October 03, 2007

『ガンジス河でバタフライ』試写会

一昨日、行ってきました。『ガンジス河でバタフライ』の試写会。

会場は名古屋テレビ(メーテレ)の東京支所、銀座の某ビルの一室。集まったのはブロガーの人々。自分もブロガーなんですかね。試写会はそのブロガーを集めた宣伝会、という様相でした。

試写会というと映画では広くやられていますが、今回はテレビドラマの試写会。珍しい企画だそうです。

さて、会場には私含めて約30人ほどのブロガー。部屋の真ん中にはプロジェクター。そして司会の方から紹介されて挨拶されたのはプロデューサー。で、いよいよ放映開始。

・・内容に関してはネタバレせぬよう言われておりますゆえ、深くコメントできないのがちょいと痛いですが。大まかには、自分には何がしたいのかも、そして何も誇れるものもない主人公・タカノテルコ(長澤まさみ)がつい就職面接中に「わたし、ガンジス河でバタフライしたことあります!!」と宣言したことから、単身インドに渡り、インド人や現地の日本人旅行者からいろいろなコトを学び、自分の「道」を見つけていく物語。道を見つけたとき、主人公はガンジス河でバタフライを決めます!

インド人の商売人のテンションが高くて面白く、恒例のボッタクリが炸裂したり、ホテルの部屋の中に普通にヤモリがいたり。インドの「異質さ」を、視聴者は主人公とともに味わっていくことになりますが、徐々に主人公がインドを受け入れていくに連れて、より軽快にストーリーが展開していく良い出来栄えだと思いました。クドカンだからか、全体的にポップにダジャレを決めてくれるところもありますしね。

世界史を教えている立場として、主人公に小銭をせびる少女、カースト制の名残で根強くある階層差、それでもカーストを超えてみんなで祝うホーリーのお祭、といったシーンには訴えるものがありました。改めて勉強にもなった気がします。

クライマックスは主人公が訪れたガンジス河の街・バラナシ。そこで主人公はどう羽ばたいていくか。

10月5日・6日、23時過ぎから2夜連続で放映です。興味ある方、ぜひご覧ください!

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September 21, 2007

『ガンジス河でバタフライ』

タイトルからして他の作品と一線を画すこの作品。長澤まさみ主演、あのクドカンが脚本を書いてるということで、間違いなく面白い作品になってるものと思われます。

友人のインド旅の話を聞いて非常にそそられたインド。未知なるインドに触れられる、滅多にない映画だと思われます。

以下、情報を載せておきますので、興味のある方はぜひURLをクリックしてみてください!

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★長澤まさみ×宮藤官九郎 夢のコラボ実現!!「ガンジス河でバタフライ」
10月5日(金)夜11:15~、10月6日(土)夜11:00~

http://www.nagoyatv.com/ganges/

下記、質問に回答していただいたを方を抽選で試写会にご紹介いたします!!(当選者には当選のご連絡を後日いたします)

★問題
インドで最もポピュラーで、屋台等でもよく売られているこの飲み物の名前は?

URL:http://eyevio.jp/channel/p_bookmark_38750
①ガート
②チャイ
③リキシャ
④ホーリー
【申し込み方法】

support@collablo.com 宛てに下記項目をご連絡ください。

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氏   名:
Eメールアドレス:
質問の回答:●番
(あれば)ブログURL:
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※お申込の際に記入していただいた個人情報は、
当イベントの連絡のみに利用させていただきます。

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March 24, 2007

『ハゲタカ』

NHK土曜ドラマ『ハゲタカ』(真山仁原作)、面白かった。

ライブドアの一連の出来事・事件をモチーフに、アメリカ資本の「ハゲタカ」ファンドの日本法人が老舗総合電機メーカーの買収を仕掛けるさまを、「ホワイトナイト」「TOB」などのM&Aワードを随所にちりばめながら、描くさまは、ほんとによく「本」が書けてるなぁという印象。

作品中、「ハゲタカ」ファンドに作中の多くの人が敵対心を持っているさまを描いて、我々多くが持つ負のイメージをあおりながら、逆に最後には「ハゲタカ」ファンドが従業員を救うという展開に、ステレオタイプではない、「ハゲタカ」への暖かい眼差しすら感じさせる内容。

マネーゲームで会社というものを弄ぶ昨今の風潮に対して、そこで働く従業員の姿や労働の価値のようなものを描き出したことで、いまの世の中に欠けつつあるものをあぶりだした作品でした。

クライマックスでの「ハゲタカ」ファンド社長・鷲津の言葉より。

世の中99.9%は金で決まる。
しかしあと0.1%、それだけでは決して動かせないものがある。

その0.1%を大事にできる人間を育てることが、これからの教壇にたつ自分の役割なんだろうと思っています。

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November 19, 2005

『トランス』

鴻上ネットワークのトランスを観てきました。 新宿・紀伊国屋ホールにて。

honchira

今回観たのはelder・version。松本紀保(松たか子の姉)、みのすけ猪野学の3人の芝居。 いやあ面白かった!

『トランス』は「トランス状態」という名前もあるとおり、統合失調症(精神分裂症)をテーマにした芝居ですが、現実と妄想の世界が「入れ混じる」というのはこういうものなんだなぁというのを感じ入りました。舞台のつくりも抽象舞台でまさにトランス。

芝居はいつも客を笑わせる小ネタをちりばめるわけですが、自分のことを天皇と思っている病人が、

産経新聞か週刊新潮の記者を呼びなさい。彼らは天皇の子分みたいなものですから。

と公言したり(おいおい^^)

私は空(くう)である。・・といっても『遠い海からきた』わけではない。フフフ・・。

とさりげなく毒を吐いたりネタを出したりとこれが面白いんだよねぇ(笑)

みのすけさんと猪野学さんのような生粋の舞台人に比べると、少々松本紀保さんは見劣りがする感じですが、思っていた以上によい役者さんでしたね。

ただ残念だったのは、セリフがカミカミだったこと。 役者さん、ちょっと集中しきれてなかったなぁ。ちょっと残念。できればyouth・versionも観たいです。すほうれいこ、好きなんだよね^^

最後に。今回ご招待のチケットを用意してくれたイベントプロモーション会社の後輩の横で、ラフな私服の演出家・鴻上尚史がにんまりと立っていたのが印象的でした^^

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August 27, 2005

『24時間テレビ』を懐疑的に見る

今日、日テレで『24時間テレビ』をやっている。しかし、私はこの番組が正直言って大嫌いである。

普段見ている番組が休みになるのが嫌だというのもあるが、一番嫌いなのは、耐久マラソンを含め物事すべてを「感動的」なドラマに仕立てようとする姿勢である。

・果たしてマラソンは何のために走るのか?

所詮、旬な人間に関する話題づくりにすぎないのでは?杉田かおるにしろ、丸山弁護士にしろ、そのとき話題になる人間を走らせているだけではないか。番組で決めた人間を走らせて彼らがゴールしたところで、そこに果たして何の意味があるのだろう?勝手に彼らの姿にまわりが煽っていろいろな物を背負わせているだけではないか。ゴールシーンを見るたびにいつも首を傾げてしまう。

・それに身障者と有名タレントや一流スポーツ選手との交流ドラマは果たして必要なのか?

身障者と有名タレントや一流スポーツ選手との交流を描いた番組内ドラマを見るのが嫌いである。別に身障者を見たくないと言うのでは決してない。むしろ、見るならちゃんと見たいのだ。私が嫌いなのは、そんな身障者と彼らを交流させて安易に「感動ドラマ」風に仕立てようとする魂胆である。もしかして、こんな方程式が番組制作サイドにあるんじゃないのか?

身障者 タレント & スポーツ選手 「感動」

これこそ身障者や視聴者をバカにしているのではないかと思ってしまう。そして、この期に及んでタレントが「障害者」なんて言葉を訂正せずに使ったりするんだろう。目も当てられない思いである。

・最後に、製作者もタレントもただの偽善者ではないのか?

普段こういうこととは無縁(と思われる)彼らが判で押したようにただ脚本どおり話を進めていくだけであり、いつも非常にしらじらしさを感じずにはいられない。まるで子どもが泣きたいときに泣いて感情をそのまま表現する姿を大人の我々が見ると逆に引いてしまうのと同じように、この番組に出てくる人間が脚本どおりに演技する姿がどうしても子どものそれと同類に見えて非常に冷めさせられる。

24時間テレビ自体、「客寄せパンダ」として衆目を引き、スポンサーと視聴率を集めようとするイベントに過ぎないだろう。それに安易に大義名分でテーマ(今回は『生きる』やね)に合わせて安っぽい「感動」的とされるものを押し付けられても、正直引いてしまうだけである。

こんな「偽善」はもうなんぼも見たくない。いつもの「エンタの神様」などの番組を放映してもらった方が相当マシである。

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June 19, 2005

雨と夢のあとに(最終話)

かねてよりずっと視聴してきた『雨と夢のあとに』ですが、金曜日最終話を迎えました。このドラマで私はいったいどれほどの涙の粒を落としたことか・・。その量は量りしれません。

最終話までのあらすじをもう一度振り返ると、以下のとおりです。(5/20の記事より引用)

 ジャズベーシストの若い父(=朝晴)と中学生の娘(=雨ちゃん)が、団地でつつましく、そして仲良く幸せに暮らしている。母は娘が幼いときに亡くなった、らしい。あるとき蝶の収集が好きな父は一人で台湾に出かけ、そこで森の中にあった穴に転落、死亡。しかし朝晴の娘への思いは海を超え、日本へ。彼としてはまったく普通に、何事も無かったかのように娘と再会し、そして何事も無かったかのようにまたいつもの生活が始まる。そんなある日、父娘とも仲の良い、隣に住むイラストレーターの若い女性(=暁子)が、その霊感の強さから朝晴の姿を見て彼に彼自身が「幽霊」であることを告げる。驚く朝晴。そして自分が心を開いていない人間には彼の姿は見えないこともわかってくる。娘への思いでかろうじて生きている朝晴。そして幽霊である朝晴と生活をともにしている娘の雨はそこからいろいろな「霊」が見えるようになり・・。いつか、朝晴は消えてしまうのだろうか?

最終話に近づくにつれてだんだんと朝晴の死の予感を感じさせていく展開となっていきます。また幽霊には触っていると生きている人の生命力を奪うこともある事件を契機にわかってきます。

朝晴には自分の遺体の身元判明と、それと同時に起こるであろう自らの消滅の時間が一刻一刻と迫っていく。そして、若い頃飛び出して帰省もせず疎遠になっていた長野の農村にある実家に帰り、年老いた両親に自分の死を告げ、自分が消えたあと娘である雨の面倒を頼む。(第8話)

#個人的には、朝晴が自らの死を告白したあとの親父さん、そして東京に戻る車を見送ったあとの両親が涙にくれるシーンで大粒の涙が・・

そのあとさらにより身近な人が消える。二人の親子を暖かく見守り、朝晴が思いを寄せていた隣人の暁子も実は幽霊だった。昔の恋人(=上川隆也^^)を殺そうとするが、朝晴の必死の説得で踏みとどまらせる。最後、暁子は朝晴と雨ちゃんに、まるで家族のように、見送られる形で成仏する。そのとき撮った写真には撮影後しばらく三人の姿があったが、しばらくしてその写真から暁子と朝晴が消えていることを見つけてしまう。ここで朝晴の死に気づく雨ちゃん。(第9話)

#・・ああ、書いてるだけで切ない。

♪♪

そして最終話。遺体の身元が判明し、朝晴の死が世間に公表される最後の1日が舞台。

外務省からの死を知らせる電話にも嘘をついて電話を切り、その事実に向き合いたくない雨ちゃん。そして雨ちゃんが学校に出かけている間についに報道が。学校に行っていて報道を知らない雨ちゃんに自分の口から別れを告げるべく、ゴタゴタがありながらもどうにか会う場所を決めて二人の思い出の遊園地の観覧車へ。

#もうこのあたり、観覧車に乗る前から、ほんとに号泣・・・

そして朝晴は観覧車の中で雨ちゃんに自分の死を告げる。

涙を流しながらも「知ってたよ」と、かわいい顔に笑顔をたたえ、どこか神々しくさえ見える雨ちゃん。手を握ってきた雨ちゃんの手をやさしく雨ちゃんのもとに置き直す朝晴。幽霊に触れちゃいけないという父らしい気遣い。そして真に愛情のこもった娘への最後の言葉。一字一句が胸に響く。そして目の前にあらわれる暁子。「お父さん、さびしいといけないから、一緒に行ってあげてください」と雨ちゃん。了解する暁子。その目には涙。「まるで本当の家族みたい・・」 抱き合う父娘に暁子が二人を包むように抱きしめる。

・・

そして観覧車は、雨ちゃん一人になった。その顔には涙の跡と、そして微笑みをたたえながら。。

♪♪

・・感想。

朝晴に別れを告げるとき、浅見れいなの嘘泣きの中にも悲しみをのぞかせる演技もよかったし、速水もこみちの青臭いお別れの仕方もよかった。でもブラザートムの、気にさせないように明るく振舞って見送る中に漂う別れの寂しさにほんとにじーんときましたね。そして雨ちゃんの悲しい中での笑顔が最高にいい。あれはずっと目に焼きつく表情でした。精一杯、父を悲しませないというやさしい気持ちが溢れてて。そしてなにより。朝晴の娘への真摯な思いに体を貫かれました。鳥肌が立つくらい感動した!沢村一樹はほんといい役者やなぁ・・

脚本は成井豊さん・真柴あずきさんのキャラメルボックス・コンビ。このような話は今まで見てきたキャラメルの芝居からもお手のものと思っていました。

さあ、絡みついた糸をほどいてもらおうじゃないの!朝晴と雨ちゃんに泣かせてもらおうじゃないの!

なんて前に書きましたが、予想通り、いやそれ以上に号泣させてもらいました^^。故人がよみがえり、去っていく。親が子を思う「心の闇」をかくも切なく感動的に描ける脚本家なんだと改めて感じ入った次第です。もちろん柳美里さんの原作がいいから脚本が生きるわけですけどね。回を重ねるごとに増えていった視聴率はそれを裏付けるものだと思います。私の記憶では三谷幸喜の『王様のレストラン』くらいじゃないかな、そういうの。

総じて心の中にある感想を言葉にすると、どうしても陳腐なことしか書けません。

ただ、思うこと。

・・自分もいつか、朝晴のような父さんになりたいな。

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May 20, 2005

雨と夢のあとに

最近、欠かさず見ているドラマがあります。サラリーマンをしていた2ヶ月前には考えられないことですが、これも脱サラした院生の特権やね^^

これが「雨と夢のあとに」。金曜23時15分から。

 ジャズベーシストの若い父(=朝晴)と中学生の娘(=雨ちゃん)が、団地でつつましく、そして仲良く幸せに暮らしている。母は娘が幼いときに亡くなった、らしい。あるとき蝶の収集が好きな父は一人で台湾に出かけ、そこで森の中にあった穴に転落、死亡。しかし朝晴の娘への思いは海を超え、日本へ。彼としてはまったく普通に、何事も無かったかのように娘と再会し、そして何事も無かったかのようにまたいつもの生活が始まる。そんなある日、父娘とも仲の良い、隣に住むイラストレーターの若い女性(=暁子)が、その霊感の強さから朝晴の姿を見て彼に彼自身が「幽霊」であることを告げる。驚く朝晴。そして自分が心を開いていない人間には彼の姿は見えないこともわかってくる。娘への思いでかろうじて生きている朝晴。そして幽霊である朝晴と生活をともにしている娘の雨はそこからいろいろな「霊」が見えるようになり・・。いつか、朝晴は消えてしまうのだろうか?

このドラマに惹かれるのは、朝晴と雨という、父と娘がほんとに愛らしいところ。なんといっても父である朝晴(=沢村一樹)の娘への思いが言葉には出なくてもひししひしと胸に迫ってくるんですよね。沢村一樹の演技に、そして雰囲気に魅了されちゃってるのか、ああ、こんな若くてカッコイイお父さんに幸せであってほしいなぁと思わず入り込んでしまうわけです。私がいつかそういう父になりたいからかな(笑)毎回そんな父さんを見るのが楽しみなのです。

そして雨ちゃん(=黒川智花)がすごくカワイイ。あんな妹がいたらええなぁ・・!

あとイラストレーターの隣に住む女性(=木村多江)が、すごく艶っぽくて色っぽくて優しくてお姉さんっぽくてイイなぁ。。

おっと。私情が思わず出ちゃいましたが、さらに。

朝晴さんがベーシストということで舞台に友人(=ブラザートム!)が経営するJAZZ Barが出てくるとこがイイ。しかもただ舞台がJAZZ Bar ってだけでなく、そこに出てくる人間が本当にJAZZを愛しているという雰囲気がすごく出てる。息子の速水もこみちの青臭さも悪くないし。さらにそのBarにあの柳ジョージが本人役として演奏したり、杏子(これは別の役ですが)が来たりと本格的。父娘のつつましい二人暮らしに、数人で演奏するJAZZの、華々しくないけどワビ・サビが利いた雰囲気がとてもマッチしているんだろうなぁと思う次第です。

さてさてそんな「雨と夢のあとに」。死んだ人が幽霊になって現実世界に現れる、というこの脚本。原作者は柳美里ですが、脚本を書いているのはなんと成井豊さん。これを聞くと一部からは「あぁ~!」と納得の声があがりそうですが^^キャラメルボックスの演出家さんです。たしかに、このテイストはキャラメルのそれと似てる。ということは、きっと落としどころで必ず落としてくれる!という保障にもなるわけで。いろいろ絡み合って、かたく結びつきあって最後きれいにほどいてくれる。

さあ、絡みついた糸をほどいてもらおうじゃないの!朝晴と雨ちゃんに泣かせてもらおうじゃないの!

・・そんなわけで私は今日、23時15分にテレビの前に座ります。

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