発達障害児と母。
「三つの苦しみ」子育ての地獄(AERA 9月29日)http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20080929-00000001-aera-soci
当初から疑いの目はただ一点に向けられていた。告別式の2日後、親族のかすかな望みは打ち砕かれた。
「本当のことを聞きたい」
福岡県警の捜査員にそう語りかけられると、被害者の母、富石薫容疑者(35)は泣き崩れ、自らの犯行を一気に話し始めた。
9月18日、福岡市の公園トイレで薫容疑者の長男弘輝君(6)が首を絞められ殺害された事件。供述を二転三転させるなど、薫容疑者への疑いを強めていた同県警は、告別式の終了を待って、母親の本格的な事情聴取に踏みきったのだった。
あの日は、雨上がりの、晴れ間がのぞく散策日和で、母と子は普段どおり連れ立って、ドーナツを作るための卵を買いに出かけた。途中の公園で弘輝君ははしゃぎ、水の溜まったタイヤで遊ぼうと母を誘った。
「お母さんは遊べないのよ」
そう答えた薫容疑者には、原因不明の難病によって足に力が入らなくなる障害があった。両腕も肩の高さまでしか上がらなかった。
普段から体の不自由な母を助けていた弘輝君はむくれた。遊んでくれない、授業参観にも来てくれない。日々のそんな寂しい気持ちもあったのかもしれない。トイレで立ち上がるときの介助を母に頼まれると、弘輝君は突っぱねた。それは母と子の、ほんの小さな気持ちのぶつかり合いでは済まなかったのか。
「介助を断られ、絶望的になって殺しました」
公園近くのマンションに、薫容疑者と弘輝君、夫(33)の3人は暮らしていた。換気窓越しに室内をうかがうと、無造作に丸まったままの布団や洗濯物。ラップや栓抜き、プリント類が散乱し、足の踏み場がなかった。
■自らの難病と子の障害
実は弘輝君が5歳のとき、薫容疑者は療養のため転居している。夫を実家に残し、弘輝君を連れて自分の実家へ。両親、姉家族との賑やかな暮らしだったが、1年でマンションに移り、3人で再出発したのは最近だった。だが、薫容疑者の症状はその間も悪化していったようだ。
近所の女性は事件の1週間前、マンションの敷地内を弘輝君と歩く薫容疑者を見かけた。痛みに耐えているのか、歩く姿はお年寄りのようにみえた。
さらに、翌日にはこんなこともあった。
「開けてー!」
10分ほどして女性宅の呼び鈴が鳴った。
「近所に住んでいる富石弘輝ですけど」
ドアを開けると、雨ガッパを着た弘輝君が留守の自宅に入れず、泣きじゃくっていた。
■完璧を求めた子育て
普段持ち歩いている携帯電話も室内に置いてきたといい、弘輝君は1階の郵便受けに入っていた出前店のチラシを持って、こう言った。
「これが電話番号」
女性が携帯電話を貸すと、弘輝君はチラシの数字を短縮ダイヤルで押した。同じことを繰り返したが、女性が登録している番号にかかり、母親にかかるはずもない。ほどなくして父親が走ってきて、母親の病院が長引いたのだとわびたという。
その夜、再び女性宅の呼び鈴が鳴った。玄関先で薫容疑者が頭を下げていた。
「きょうはすみませんでした」
手渡された有名洋菓子店の紙箱には、シュークリームが3個入っていた。弘輝君には軽度の発達障害があり、特別支援学級に通っていたことを、女性は後に知った。
薫容疑者は両親とも公務員の厳格な家庭で、3人姉妹の末っ子として育った。小学校では学級委員を務めるしっかり者だった、と同級生は言う。
小学校高学年のとき、出し物の練習をしていたときのことだ。級友らはふざけてばかり。薫容疑者は「何でちゃんと練習しないの」と叫んで教室を飛び出した。男子らが後を追うと、廊下の隅で泣いていた。
「とにかく責任感が強く、弱音を吐かないタイプ。誰かに相談しようとはしなかった」
そんな性格は、子育てでも完璧を求めた。発達障害の子どもを受け入れる優しい母親。それが理想像だった。衝動的に激しい行動をすることがある息子にたたかれて右肩にアザができても、「階段で転んだ」と夫にも嘘をついた。育児ストレスもあってか症状が悪化し、医師に入院を勧められても頑なに拒んだ。
■事件直前に自殺未遂も
事件の10日ほど前、薫容疑者は睡眠薬を大量に飲んで自殺を図っている。それから、弘輝君は、母の「見張り」までするようになった。
東海学院大学大学院の長谷川博一教授(臨床心理学)は推察する。
「子の発達障害、自分の身体障害、強すぎる責任感の三重苦。公園で楽しそうに遊ぶ親子たちを見て、自らの境遇と比べたのかもしれません」
弘輝君にトイレの介助を断られたとき、「何でそんなことしなきゃいけないの」と言われて絶望的になったと供述しているが、長谷川教授はもう一つの引き金を指摘する。
「なぜ私ばかり、という本音があった。抑え込んできた言葉を子から投げつけられ、楽になりたいと思ったのではないか」
自殺するために持ち歩いていたビニールホースをカバンから出し、息子の首に巻いて絞めた。遺体を抱きかかえ、トイレ外の柱の隙間に体育座りにさせた。数十メートル先の雑木林に分け入り、わが子の「命綱」だった携帯電話を投げ捨てた。
三重苦から這い上がる方法は、他になかったのか。同じような事件は全国で後を絶たない。
片時もじっとしていない。家中を走り回り、物を壊す。叱っても、同じことを繰り返す。
「何でわからないのよ……」
3月、関東地方の30代の母親が、発達障害のある5歳の長男を殴ったうえ、立たせて椅子に縛り付けた。動けないよう床に画鋲をまき、食事も水も与えず一晩放置した。翌朝、自ら呼んだ救急車が到着したときには、長男は脱水症状でぐったり。母親はその子を抱いて呆然と座り込んでいたという。
■子の発達障害と苦悩
母親はシングルマザーで経済的に苦しく、摂食障害とうつにも悩んでいた。
両親に相談したこともある。奇声を上げて走り回る孫を一目見て、両親は言い放った。
「あんたが何とかしなさい」
迷惑はかけられない。保育園への送迎もままならず、2人きりで一日中、部屋にこもった。長男の後頭部は、何度も叩かれたため髪が薄くなっていた。
発達障害は、自閉症、アスペルガー症候群、学習障害(LD)、注意欠陥・多動性障害(ADHD)などと幅広いうえ、先天的な脳機能障害であることすらあまり知られていない。しつけや愛情不足が原因と決めつけられ、傷つく母親も少なくない。
発達障害の子どもと親を支援するNPO法人「アスペ・エルデの会」代表の辻井正次さん(中京大学教授)は言う。
「発達障害児の母親は抑うつのリスクが高い。障害を受け入れて、というだけではますます追い詰めてしまう。子どもの行動に適切に対応できるよう具体的に親に教える子育て支援が急務です」
子どもの将来を悲観する母親たちは、子どもに自身の人生までも投影してしまうのだろうか。
■悔やむ容疑者の実母
警察庁のまとめでは、今年上半期に子どもの殺人・殺人未遂容疑で検挙された実母は16人。うち11人は一緒に死のうと、犯行後に自殺を図ったという。
『心に狂いが生じるとき』の著書がある精神科医の岩波明さんはこう話す。
「母親は子どもとの一体感が強く、特に日本は母子心中の割合が高い。子どもを独立した人格として認めず、親の所有物とみる傾向があります」
一方で、類似事件の捜査関係者の中には、
「我が子を手にかける母親は、限りなく自己愛が強い」
という見方もある。
弘輝君がもう答えないと知っていながら携帯電話の全地球測位システム(GPS)機能で捜すふりをした薫容疑者は、何を思っていたのだろうか。逮捕後にこう漏らしている。
「一人で抱え込み過ぎなければよかった」
26日、アエラの取材に答えた薫容疑者の母親も、同じことを話していた。
「もうちょっと早かったら」
薫容疑者の症状が悪化し、手足の痛みが増していたころ、母親は脳出血で倒れ、様子を見に行けなくなった。
「仕事は休んでるけど、元気よ」
電話で気丈に振る舞い、決して弱音を吐かない娘を、母は心配し説得した。
「でもやっぱり大変やけん、もうね、こっちに帰っておいで」
それでも薫容疑者は弘輝君を優先した。発達障害の特性の一つで、したいことを中断されるとパニックを起こす。きちんと話して納得させてから引っ越したいから――。そう言って小学校に相談した矢先、事件が起きた。
「本当に、あともうちょっとで間に合わなかったんです。有無を言わさず連れてくればよかった、と思っとうとです」
母親は、涙でくぐもる声を絞り出すように語った。


Comments
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Posted by: Fiemy | October 16, 2009 at 11:30 AM